杓谷技研というマーケティング支援会社の代表を務めております杓谷 匠(しゃくや たくみ)と申します。この記事では、アタラ株式会社会長の佐藤康夫さんのご協力のもと、2024年9月5日(木)に連載を開始した「インターネット広告創世記 ~Googleが与えたインパクトから発展史を読み解く〜」の第44話をお届けします。なお、本連載は、株式会社インプレスが運営するWeb担当者Forumでも同時に公開しています。
前回の記事はこちらです。
杓谷:前回のお話では、GoogleでAdWordsを成功に導いたシェリル・サンドバーグがFacebook(現Meta)に移籍したことをきっかけに、Googleの「Page Rank」「Ad Rank」を参考にして、Facebookに「Edge Rank」「Total Value」を導入し、収益化に成功したところを元Facebook執行役員の黒田俊平さんにお聞きしました。
佐藤:Facebookの成功は、Googleが「品質スコア」(第25話参照)の概念を導入して実証された、「ユーザー」「広告主」「広告媒体」の3者のバランスを取る、というインターネット黄金律がFacebookでも実証されたように見て取れました。
徹底的なユーザーファーストがサービス成功の鍵
佐藤:ユーザーと広告主のバランスを取る、という意味ではやはりGoogleは凄かったですね。エンジニアがユーザーエクスペリエンス向上のためのテストをする際に、営業の僕にも「こうするけど、どう?」と訊いてはくれるのですが、「僕たちの試算だと売上の増加はゼロだけど」と平気で言ってきます。その逆はまったく聞いたことがなくて、「売上が上がるからこうしない?」という話は一切聞いたことがありませんでした。
黒田:Googleのユーザーファーストの視点は本当に徹底していましたよね。Facebookの場合も同じでした。ニュースフィードの中に広告を出す本数などを常にテストしていますが、ユーザーエクスペリエンス向上のためのテストであって、売上をあげるためだけの変更は一切ありませんでした。
言葉にしてしまうとある意味当たり前のように聞こえてしまいますが、そもそもこうしたことを目指そうとする発想自体がインターネットでサービスを提供している会社の中で相当珍しいことで、凄いことだと思います。数あるSNSの中でFacebookが勝ち残ることができたのは、まさにこうした「哲学」によるものだったと思います。
「Facebookピクセル」でFacebookの外の情報を補完
黒田:ニュースフィードにユーザーの興味・関心に合った広告を配信する、という意味では「Facebookピクセル」(現「Metaピクセル」)を広告主のウェブサイトに実装するということを徹底していました。「Facebookピクセル」とは、ウェブサイトに埋め込むイメージピクセルことで、Facebook広告の効果測定や最適化を可能にする無料のツールです。ユーザーがウェブサイトのどのページにアクセスしたか、買い物かごに商品を入れたのか、などがわかるようになります。現在はJavaScriptを併用して、商品IDやウェブページのカテゴリなど、より高度なデータを取得できるようになっています。

現在のMetaピクセルのコード。イメージタグを読み込む過程でMetaのサーバーと通信が行われる(筆者がGoogle Geminiで生成)
Facebookピクセルの実装は一義的には広告主がコンバージョンを計測するための機能なのですが、FacebookのユーザーがFacebookの外でどのような行動を取っているかを把握するためでもあったと思います。Facebookピクセルが導入されればされるほど、Facebookが把握できる情報が多くなります。こうして補完した情報をFacebookは広告の配信に利用してユーザーに有益な広告を配信できるようにしたわけです。
杓谷:Facebookピクセルは、コンバージョン計測のためのツールというよりもGoogleアナリティクスのタグの機能に近く、言ってしまえばFacebookのアクセス解析ツールのような機能と言えますね。
佐藤:一方で、Facebookは実名制のSNSです。実名に紐づく個人情報のかたまりと言ってもよいデータを保有しているFacebookがウェブサイトのデータを収集することは、広くオープンに情報を公開しているウェブサイトの情報を収集しているGoogleとは意味合いが大きく異なります。ユーザーエクスペリエンス向上のために開発した機能が、プライバシーの観点から火種にもなってしまったような印象を受けました。
Googleと縁の深いTwitterの創業者達
佐藤:続いて、Twitterの話に移りたいと思います。第42話でも少し紹介しましたが、Twitterの創業者兼出資者のエヴァン・ウィリアムズは、Pyra Labsという会社で「Blogger」というノーコードでブログ記事を書けるツールを開発し、2003年にGoogleに売却しました。Googleを退職してから2006年に設立した会社のプロジェクトの1つとしてTwitterの原型が誕生し、2007年4月にTwitterとして法人が設立されました。初期のTwitterは自分たちのサービスのことを「マイクロブログ」と呼んでいましたが、長い文字を入力しづらいスマートフォンの普及を見据え、「スマートフォン時代の『Blogger』」を作ろうとしていたのではないかと思います。

Twitterの創業者の一人であるエヴァン・ウィリアムズ
出典:Ev-Williams-2013.jpg is under CC BY-SA 3.0
GoogleによるBloggerの買収後、Bloggerの開発を担当していたビズ・ストーンもエヴァン・ウィリアムズの後を追ってTwitterに移籍しています。Googleの巨額のストックオプションを蹴ってTwitterの開発に携わったと言われています。

GoogleでBloggerの開発に携わり、Twitterの初期のデザインを担当したビズ・ストーン
出典:Biz Stone.jpg is under CC BY-SA 2.0
また、Googleに在籍した経験はありませんが、Twitterの初期のプロトタイプを開発したのが後にCEOを務めることになるジャック・ドーシーです。

後にTwitterのCEOを務めることになったジャック・ドーシー
出典:Jack Dorsey David Shankbone 2010.jpg is under CC BY 3.0
Facebookはシェリル・サンドバーグの移籍をきっかけに多くのGoogle出身者が移籍して収益化を成功させましたが、TwitterもまたGoogleに縁のある人物が創業に携わっていたと言えます。その後、日米ともに多くの人材がGoogleからTwitterに移籍をしました。その中で触れておきたいのが「Feedburner」です。
「インフィード広告」の先駆け的存在「Feedburner」
佐藤:PCに比べて小さなディスプレイのスマートフォンが普及し始める中で、Facebookのニュースフィードのように1つのページが無限にスクロールする形式のページが増えていきました。ニュースや投稿などの間に、通常のコンテンツと同じ形式で表示される広告のことを「インフィード広告」と呼ぶのですが、スマートフォンの登場によって多くの企業が「インフィード広告」の開発を迫られることになりました。
こうした「インフィード広告」の先駆け的存在の1つが「Feedburner」だったと思います。
FeedburnerのCEOだったディック・コストロは、元々は舞台のコメディ俳優という異色の経歴の持ち主で、後にTwitterのCEOを務めることにもなります。彼は持ち前の交渉力で2007年1月にFeedburnerをGoogleに売却していました。

FeedburnerのCEOで、TwitterのCEOに就任した2010年頃のディック・コストロ
出典:Dick Costolo.jpg is under CC BY 2.0
Feedburnerは日本ではGMOインターネットグループ(以下GMO。第8話で登場したインターキューが源流)傘下のGMOアドネットワークスが販売権を持っていました。GMOはGoogle日本法人が入居していた渋谷のセルリアンタワーにオフィスがあったので、買収後の日本のビジネスの諸条件を話し合うために、1日に何度も同じビルの中でフロアを行き来した記憶があります。
スマートフォン時代のSNSの「インフィード広告」の源流という意味で、当時GMOアドネットワークスでFeedburnerの日本市場のビジネスを統括し、ディック・コストロと一緒に仕事をしたご経験のある井上祥士郎さんにFeedBurnerに関するお話を聞くと良いと思います。
井上:はじめまして、ご紹介にあずかりました井上祥士郎と申します。現在は、インフルエンサーマーケティング事業を展開しているC Channel株式会社に所属しています。当時私はGMOインターネットグループ傘下のGMOアドネットワークス株式会社でFeedBurnerの日本市場におけるビジネス全般を統括していました。GoogleのFeedBurner買収に伴い、2008年2月にGoogle日本法人に移籍しました。
「RSS」を管理・配信するためのツールが「FeedBurner」
井上:FeedBurnerは、ウェブサイトの「RSS」(「Really Simple Syndication」の略)を管理・配信するための無料サービスでした。
「RSS」とは、ウェブサイトの更新情報(ブログ記事、ニュース、ポッドキャストなど)を効率的に配信・購読するための技術で、RSSを使用すると、ユーザーは特定のウェブサイトを毎回訪問しなくても、「RSSリーダー」という専用のアプリケーションやサービスを通じて、複数のサイトの最新情報をまとめて確認できます。今ではRSSリーダーはあまり使われていませんが、人気があったRSSリーダーとしては「Feedly」「Inoreader」がありました。Googleも下の画像のような「Google リーダー」という名前のRSSリーダーを提供していました。

Google リーダー日本語版の管理画面
出典:Internet Watch「Googleのフィードリーダー正式版公開、日本語にもしっかり対応」(2007年9月19日付け)
杓谷:RSSリーダーは現在のサービスで言うと、「SmartNews」や「Gunosy」などのサービスに近いかもしれませんね。
井上:ニュースサイトやブログなどのパブリッシャー向けには、フィードの購読者数の増減や、どこまで記事が読まれたかを詳細に分析できる機能を無料で提供していたので、多くのパブリッシャーが採用する人気サービスでした。

フィードの購読者数の増減を表すレポート画面

記事を読むために利用されたRSSリーダーの比率を表すレポート画面
出典:Web担当者Forum「一歩進んだ情報発信に効果的なRSS配信・管理ツール」(2007年1月24日付け)
シカゴFeedBurner本社にアポ無しで直接会いに行く
井上:私は元々トランス・コスモスに在籍していて、そこからソフトバンクの出版部門であるソフトバンクパブリッシングに移籍し、M&Aプロジェクトでアメリカに行かせてもらい、米国企業との合弁会社のローカライズを担当していました。その後、GMOに移籍して新規ビジネス開発を担当することになったのですが、新規ビジネスだけに特定のテーマがありませんでした。「何かやろう」みたいな感じでした(笑)。
ソフトバンク時代に知り合ったアメリカの友人たちとずっとコミュニケーションを取っていたなかで、「ちょうど3ヶ月前に知り合いが面白い会社を作ったよ」と教えられたのがFeedBurnerだったんです。自分でもサービスの内容を確認してみたところ、仕組みがとても面白かったので、Feedburnerのウェブサイトに記載されているお問い合わせメールアドレスにメールを出したら、COOからすぐ返信がきました。それで次の日に会社を休んで、いきなりシカゴの本社にアポ無しで会いに行ったんです。「こんにちは」って言って。そしたらすごく驚かれて(笑)。当時はまだFeedBurner本社の社員が12、3人ぐらいの時でした。
ただ、この時はサービスがすごいからどうやって作ってるのかを見に行きたい、といった程度で日本でビジネスをやりたいとは言わなかったんです。半年くらいやりとりを続けているうちに、アジア担当としてFeedBurnerをやらないかと誘われたのですが、その時実はGMOとバリューコマースの合弁で「GMOアフィリエイト」という会社を並行して設立し代表取締役になっていたので、一旦は保留する形になりました。

GMOアフィリエイト株式会社設立発表時の井上祥士郎さん(中央)
出典:Internet Watch 「GMOアフィリエイト、記事に関連した広告などを自動で表示する技術」(2005年4月25日付け)
その後、GMOの代表の熊谷さんから「もう1個会社を作っていいよ」と言っていただけたので、「GMOアドネットワークス」という会社を設立し、FeedBurner本社から日本の独占販売権のライセンスを受けFeedBurnerビジネスを始めることになったんです。
下の画像はCEOのディック・コストロと、CTOのスティーブ・オルチョウスキが来日した時の写真です。一番右の村井説人さんはのちに『Pokémon GO』で知られるナイアンティックの日本法人の社長を務めることになりました。

左からCTOのスティーブ・オルチョウスキさん、井上祥次郎さん、CEOのディック・コストロさん、村井説人さん
出典:Web担当者Forum「米国No.1実績のRSS配信・管理・広告サービスFeedBurnerに注目!」(2007年1月15日付け)
FeedBurnerを買収して発表された「フィード向けAdSense」
井上:FeedBurnerの広告がどのようなものだったかについては、2007年にGoogleに買収された後、FeedBurnerの技術を元にして開発された「フィード向けAdSense」(「AdSense for feed」)がわかりやすいと思います。下の画像は「フィード向けAdSense」で表示される広告のサンプルイメージですが、RSSリーダーに表示された記事と記事の間にAdSenseの広告が挟まれているのが確認できます。

Googleリーダーに表示された「フィード向けAdSense」のサンプル
出典:Inside AdSense 「フィード向け AdSense が利用可能になりました」(2008年8月18日付け)
この画像はデスクトップPCの画面を撮影したもので、表示されている記事数も75個ですが、これがスマートフォンの無限スクロール形式のページだったとすると、現在のFacebookのニュースフィードに表示される広告や、Twitterのプロモツイートの形式に近いことがなんとなくわかるのではないかと思います。
当時、GMOには「まぐクリック」というメディアレップがあったので、同じグループとしてFeedBurnerの広告枠の買い切り提案のお話がありました。同様にCCIやDACとも協議させていただいておりましたが、米国でメディアレップというビジネスモデルがないこともあり、結局メディアレップ独占での販売形態をとることはありませんでした。
「ブランディング」を志向したFeedBurner広告
井上:第12話でも佐藤さんが触れていますが、多くの人に認知してもらうための「ブランディング」目的の広告にしていくか、ウェブサイトへの流入や購入・資料請求などのコンバージョンを獲得するための「パフォーマンス」目的にしていくかでも大きな議論がありました。フィードとフィードの間に広告を挟み込むか、フィードそのものとして広告を表示させるかはかなり議論しましたね。
当時日本で競合だったRSS広告社(現Unipos)は、FacebookやTwitterと同じようにフィードの1個として広告を出す方式を採用していたのですが、FeedBurner本社はどちらかというと「ブランディング」目的で広告を販売したいという考えで、ユーザーが読んでいる記事の内容に沿って「見せる」広告を配信したいと考えていたと思います。そのため、フィードの記事の下にバナー広告を貼るという方式でした。

上から2番目に投稿の1つとして表示されている広告が確認できる
出典:Internet Watch「ネットが新しいデスクトップになる! 仕事に使えるGoogle入門第5回 Googleリーダー編」(2008年5月13日付け)
その後のFacebookやTwitterも、どちらかというと「ブランディング」を志向していたように記憶していますが、毎日読む新聞の広告の代わりのような位置づけにして、広告収益の単価をあげたかったのだと思います。
「RSSリーダー」の役割がSNSに引き継がれた
佐藤:最終的に、FeedBurnerおよび「フィード向けAdSense」は2012年12月にサービスを終了します。また、2013年7月にはRSSリーダーの「Googleリーダー」のサービスも終了しました。
背景にはスマートフォンの普及とFacebookやTwitterなどのSNSの台頭があったと思います。また、パブリッシャー側からすると、RSSリーダーでコンテンツを読まれるよりも、自社のウェブサイトでコンテンツが読まれたほうが広告の収益性が高いというビジネス上の理由もあったと思います。
第45話に続きます。