杓谷技研というマーケティング支援会社の代表を務めております杓谷 匠(しゃくや たくみ)と申します。この記事では、アタラ株式会社会長の佐藤康夫さんのご協力のもと、2024年9月5日(木)に連載を開始した「インターネット広告創世記 ~Googleが与えたインパクトから発展史を読み解く〜」の第27話をお届けします。なお、本連載は、株式会社インプレスが運営するWeb担当者Forumでも同時に公開しています。
前回の記事はこちらです。
杓谷:前回のお話では、GoogleのAdWordsが成功を収めたことをきっかけに、1990年代を通じて一般的だったインターネット広告の販売形式が変化していく様子を振り返りました。インプレッション保証型広告の「サーチワード広告」やクリック保証型広告がオークション型の広告に徐々に置き換わり、競合のスポンサードサーチもAdWordsの「品質スコア」と同様の「品質インデックス」を取り入れました。
佐藤:1996年からインターネット広告を見続けてきた僕にとって、AdWordsはインターネットに相応しい広告のあり方を初めて提示した存在として映りました。買収の影響でYahoo! JAPANはOvertureに取られてしまい大きなショックではありましたが、僕にはそのショックを引きずっている余裕などありませんでした。「AdSense」(アドセンス)がサービスを開始したからです。
2004年1月「AdSense」のサービス開始を発表
佐藤:米国では、2003年6月に「AdSense」のサービスを正式に発表しました※1。「AdSense」は、ウェブサイトに設置された広告枠のことで、ウェブページの内容に連動した広告を「AdWords」に登録された広告の中から自動的に表示させることができる仕組みです。広告枠を設置しているウェブサイトのことを広告用語で「パブリッシャー」と呼びますが、AdSenseの「パブリッシャー」は広告の収益の一部をGoogleから受け取ることができます。
※1:News from Google「Google Expands Advertising Monetization Program for Websites」(2003年6月18日付け)
下の画像はこの連載が掲載されているWeb担当者Forumの運営元であるインプレスの「Internet Watch」に掲載されたAdSenseの広告の例です。ページ下部の「スポンサードリンク」の文字で囲まれた部分がAdSenseの広告枠で、2つのテキスト広告が表示されているのが確認できます。

Internet Watchに掲載されたAdSenseの広告枠の例
出典:Internet Watch「Google、サイト向け広告配信プログラム「AdSense」の日本提供を公式発表」(2004年1月14日付)
日本では2004年1月に正式にサービスを発表し、1ヶ月のページビューが1000万を超える大手パブリッシャーのことをプレミアムパートナーと呼んでいました。この時点では「Impress Watch」「All About Japan」「@nifty」が参加していました。中小規模のウェブサイトもオンライン経由で申し込むことができ、すでに数百サイトが参加をしていました。

向かって左から「AdSense」のサービスについて説明をする佐藤さん(左)グーグル日本法人の村上憲郎代表取締役社長(中央)、米Googleのオーミッド・コーデスタニ業務開発・営業担当上級副社長(右)

現在、株式会社インプレスの代表取締役会長を務める小川亨さん(左)がインプレスウォッチカンパニーのプレジデントとして会見に出席している。
出典:Internet Watch「Google、サイト向け広告配信プログラム「AdSense」の日本提供を公式発表」(2004年1月14日付)
こうしてGoogleは、検索連動型広告に続き、現在で言う「ディスプレイ広告」市場に参入しました。ただ、サービス開始の時点ではバナー広告のような画像形式の広告には対応しておらず、テキスト広告のみが掲載される形でした。
Infoseek在籍時代に、Infoseekのサーバーから様々なポータルサイトに広告が配信されるアドネットワークの仕組みを見て、伊藤穰一が「将来的には世の中全部のサイトがInfoseekのウェブサイトになっちゃうってことだよね。」と言っていたことが印象に残っていたのですが(第14話参照)、AdSenseがついに実現したと思いましたね。
杓谷:参考までに、検索連動型広告で熾烈な競争を繰り広げたOvertureの動向をお伝えしておくと、米Overtureも2003年7月にAdSenseと同様の「コンテンツマッチ」(Content Match)のサービス開始を発表していますが※2、日本で本格的にサービスを開始したのは2006年1月頃のことのようです※3。したがって、日本のディスプレイ広告市場ではGoogleのみがこうしたサービスを提供しているという状況ですね。
※2:日経クロステック「米Overture,新しい文脈型広告サービス「Content Match」の提供を開始」
※3:オーバーチュア、「All About」にコンテンツ連動型広告を表示開始
https://japan.cnet.com/article/20093917
AdSenseの仕組みとAdWordsとの関係性
杓谷:ここで、よく混同されるのでAdWordsとAdSenseの関係性について整理しておきたいと思います。AdWordsは「広告を出稿する」ためのツールであるのに対し、AdSenseは「広告枠」そのものを指します。
Googleの検索エンジンは「クローラー」(第18話参照)と呼ばれるロボットが世界中のウェブサイトのリンク構造を辿って各ウェブページを「インデックス化」(データベース化)しているのですが、この過程で各ウェブページのテキスト情報を読み込んでいます。この技術を広告用途に転用して各ウェブページのコンテンツの内容を解析し、広告主がターゲティングできるように整理しているのがAdSenseです。AdSenseの広告枠が貼られているウェブサイトを総称して「Google コンテンツネットワーク」と呼びました。現在の「Google ディスプレイネットワーク」の前身です。
AdWords側では、AdSenseの広告枠に広告を配信することを「コンテンツターゲティング」と呼びます。検索連動型広告では、広告主がAdWordsに登録したキーワードと検索語句の関連性が高い場合に広告が表示されましたが、「コンテンツターゲティング」ではキーワードと各ウェブページに含まれるテキスト情報の関連性が高い場合に広告が表示される仕組みです。

検索連動型広告とコンテンツターゲティング広告の関係性
検索連動型広告と同様、「コンテンツターゲティング」でもAdSenseの広告枠に表示される広告は「上限入札価格」と「品質スコア」の掛け算で算出される「広告ランク」(第25話参照)によるオークションで決まり、クリックごとに課金が発生します。この時発生した広告費の一部がAdSenseの広告枠を設置したパブリッシャーに還元されるという仕組みです。
実は、AdSenseがサービスを開始する時には検索連動型広告と「コンテンツターゲティング」を出し分ける選択肢がなかったそうで、広告主にとってはある日突然AdSenseにも広告が配信されているという状態になっていたようです。AdSenseのようなディスプレイ広告面と検索連動型広告ではクリック率やコンバージョン率に明らかな違いがありますから、今にして思えばとても乱暴な仕様ですね(笑)。
この仕様は現在のGoogle広告の管理画面にも残っていて、検索広告のキャンペーンを作成する際に「Google ディスプレイネットワーク」(「AdSense」の広告枠に表示される広告)のチェックボックスがデフォルトでONになっているのはこの時の名残です。

現在のGoogle広告の検索広告のキャンペーン設定画面で「Google ディスプレイネットワーク」(AdSenseへの配信)がデフォルトでONになっているのが確認できる
出典:Google広告管理画面
「Googleニュース 日本版」サービス開始
佐藤:Googleが「AdSense」のサービスを開始した背景には「Googleニュース」と表裏一体とも言える密接な関わりがありました。というのも、2004年の時点でページビューの多いパブリッシャーは、Yahoo! JAPANなどのポータルサイトを除けば朝日新聞や日経新聞などの新聞社が運営するニュースサイトだったからです。下の画像は日本でサービスを開始した当時の「Googleニュース」の画面です。

出典:Internet Watch「Googleニュース」が日本でもスタート~ニュースソースは600サイト以上」(2004年9月
大手新聞社から強い反発を招いた「Googleニュース 日本版」
佐藤:Googleニュースは、検索エンジンの「クローラー」がインデックス化した世界中のウェブサイトの中からニュースサイトだけを抜き出してユーザーが見やすいようにレイアウトしたものですが、ニュースサイト側から見ると自分たちのニュース記事をGoogleが盗用してひとつの新しいニュースメディアを作ろうとしているように見えたため、ニュースサイトの運営元の新聞社から強い反発を招き、新聞協会からGoogleニュースへの記事の掲載を即刻停止するように強く求められました。
この時に新聞協会との交渉を担当されたのが、AdSenseの記者会見の前年の2003年4月にGoogle日本法人の代表取締役社長に就任された村上憲郎さんです。この記事の冒頭の記者会見の画像の中央に村上さんも映っています。広告のことも絡むため、僕はよく村上さんと一緒に新聞社への説明に出向きました。

2006年に行われた「INTERNET Watch 10周年記念シンポジウム」で講演する村上憲郎さん
出典:Internet Watch「グーグル村上社長「2009年には“人類の知”がすべて検索可能に」
「AdSense」とテクノロジーを武器に新聞社と対峙
佐藤:新聞社側の怒り具合も相当なものがありました。広告業界において、テレビやラジオなどの主要マスメディアは新聞社の資本で発展してきたという歴史的な経緯もあるので、普通であれば尻込みをしてしまいそうなところですが、村上さんが毅然と対応されていたのがとても印象に残っています。村上さんは新聞社との交渉の席で次のようなことをお話されていました。
Googleニュースは、新聞社のニュース記事を盗用しているのではなく、記事のタイトルや冒頭の一部を抜粋して紹介しているにすぎません。むしろ、新聞社のウェブサイトに大量にトラフィックを送って広告収入に大きく貢献しています。それでも記事を掲載したくないということであれば「robot.txt」というテキストファイルをサーバーに置けばGoogleのクローラーがニュース記事を読み込むことをやめるので、掲載をストップできます。その代わりトラフィックも大きく減ってしまうので広告収入も下がってしまうと思いますが…。
「※上記発言は佐藤さんの記憶に基づいて、杓谷が作成。村上さんに内容の確認と掲載許可を取得済み」
最終的には各新聞社ごとに個別に判断するということになり、ほとんどの新聞社が一旦Googleニュースへの掲載を取りやめた後、AdSenseのディールも含めて個別に対応を行ないました。新聞社側は、審査を経ずに広告が掲載されてしまうことについて懸念していましたが、ここでも村上さんがAdSenseの技術的な仕組みについて解説して説得していき、最終的に数社がGoogleニュースに残ることになりました。この残った数社のAdSenseの収益が良かったこともあって、最終的にはなし崩し的にほとんどの新聞社がGoogleニュースとAdSenseに参加することになりました。
杓谷:村上さんご自身が就活サイト「ONE CAREER」のインタビュー記事で、当時の様子を北野唯我さん(ONE CAREER執行役員)に語られています。記事中の『シグナル』が「robot.txt」のことですね。
村上:グーグルニュース出した時も、新聞社がひどかった。日本でローンチされる前に、日本の新聞協会にも事前に伝えていたわけよ。アメリカで出したから、そろそろ日本に来ますよって、何回もプレゼンしているわけよ。でもね、実際に日本でサービスが開始したら、朝から、読売新聞とか毎日新聞とか「村上! すぐ来い」と。行くと「すぐ止めろ」と。で、「事前に言ったでしょって、グーグルのクローラーは、ちゃんと御社が『シグナル』をサイトに記述してたら、行かないんですよ」って。
北野:結果的にどうなったのですか?
村上:朝日新聞と日経新聞はね、私と少し関係があったので残ってくれたんですよ。あと残ったのは東北の河北新報。そうしたらさ、河北新報は、あるニュースでさ、偶然ランキング上位に出ちゃったわけなんですよ。河北新報は大喜びで「サーバーがパンク」するくらいにトラフィックが集まった。そのひと月後、どっかの調査会社が、朝日と日経がトラフィック急上昇。その理由を「グーグルニュースに踏みとどまったおかげ」、なんて報道して。そしたら、読売新聞、毎日新聞から「お話がしたい」ときて、私が会いに行ったら「もう扱ってもいいです」と。で言ったのは、「だから、ひと月前にお話しして、御社は 『シグナル』を立てられました。それ外さないとクローラーは入れないし、外したら、間髪を入れず行きますよ」って。もう本当に何にも分かってないんですよ。
出典:ONE CAREER「今56歳なら、どの会社のCEOならやりたいですか?村上さん。」元Google米国副社長の村上憲郎氏に聞いてみた。【村上憲郎】」
佐藤:これは村上さん御本人も公けの場で語られていますが、村上さんは学生時代にかなり学生運動にのめり込んでいたそうです※4。これは僕の個人的な見立てですが、村上さんが学生運動をやられていた頃の体制側の象徴のような存在とも言える大手新聞社を相手に、日本では約10名前後の規模のGoogleが技術力を武器に切り込んでいくのは御本人としてはとても痛快だったのではないでしょうか。
Googleは面接した全員がYESと言わないと採用しません。村上さんは僕の後にGoogleに入ってきたので採用までの流れを見ていたのですが、何十人と候補者がいた中で米国の経営陣も含めた全員からYESと言われたのが村上さんでした。ご入社された時は50代後半だったと思います。学生運動で培われた村上さんの気質と、若きエンジニア達が作ったGoogleの社風がなぜかうまい具合にマッチして世の中を変えていった様子が傍で見ていてとても面白かったですね。
※4:BCN+R「AIの普及で人類はいよいよ労働から解放される?――366人目(上)
ロボット型検索エンジンが情報の流れの変化をもたらした
佐藤:新聞社側は「ディープリンク」についても気にしていました。「ディープリンク」とは、トップページではない深い階層のページに直接アクセスできるリンクのことを指します。紙の新聞であれば1面に、ニュースサイトであればトップページに配置された記事が重要な記事であるように、記事の配置には新聞社側の編集意図があります。それが、Googleニュースや検索エンジンを通じて深い階層のページにユーザーが直接行ってしまうと、編集意図が伝わらないことを気にしていました。
杓谷:欧州でもGoogleニュースを巡る「ディープリンク」については問題になっていたようですね※5。新聞社にとっては大きな懸念事項だったことが窺われます。
※5:INTERNET Watch「独でも“ディープリンク”裁判が活発に~検索エンジン会社に不利な判決」
佐藤:ここでお伝えしておきたいのは、この2004年頃からインターネットにおける情報の流通経路が大きく変化してきたということです。1990年代のインターネットはYahoo! JAPANのディレクトリ検索(第18話参照)が主流でした。ディレクトリには各ウェブサイトのトップページがリンクされることが基本ですから、必然的にユーザーはトップページからウェブサイトを訪問します。その結果、インターネット広告もトップページの上部にあるバナー広告が一番値段も高く、人気メニューでした。
ところが、Googleのようなロボット型の検索エンジンが普及してくると「ディープリンク」のように検索語句に関連がある深い階層のページにユーザーが直接アクセスするようになります。トップページを介さずにウェブサイトにアクセスする流れが増えてきて、そちらの方が全体の割合としては大きくなってきていました。こうした背景もあってAdSenseが登場したわけです。インターネット広告の歴史という観点から見ると、この情報の流通経路の変化が与えた影響は大きかったと思います。

ロボット型検索エンジンが変えた情報の流通経路
「AdSense」がブログ・SNSの登場を促し情報発信の民主化につながった
佐藤:これまで、トラフィックの少ない中小規模のウェブサイトや個人サイトが収益化をする方法はほとんどありませんでした。AdSenseの登場によって、少額でも広告収入が入って収益化ができるようになったことはとても大きな意義がありました。AdSenseの登場が、その後のブログサービス、SNSの登場に大きな影響を与えたからです。Googleも、2003年3月にPyra Labsという会社が開発していた「Blogger」を買収しています。
この頃、伊藤穰一氏もTwitterやブログサービスMovableTypeの普及に深くかかわり、個人の情報発信が活発化していきます。日本でもアルファブロガーと呼ばれる様々な分野で影響力が大きい方々が次々と現れてきました。
そうした個人の情報発信を支援する存在として、AdSenseが広まって行く様を見てようやく自分がイメージしていた、インターネットがもたらす新しい風景に出会ったな、と感慨深い思いでした。
杓谷:SNSの「mixi」がサービス開始したのは2003年ですね。サイバーエージェントの「アメーバブログ」が始まったのが2004年9月。ノーコードで情報を発信できる環境が整ってきたことで、多くのユーザーにとってインターネットが情報を「読むもの」から「発信するもの」に変わってきたのがこの時期と言えるかもしれませんね。
これまで、第18話からGoogle検索、AdWords、AdSenseとGoogleが始めたサービスを見てきましたが、おぼろげながら共通する点が見えてきました。それは、人の手による中央集権的な管理手法を数学的なアルゴリズムで置き換え、民主化してきたという点です。
| サービス名 | Googleが置き換えたもの | Googleがもたらしたもの |
|---|---|---|
| Google検索 | サーファーによるディレクトリ制作 | 検索結果の民主化(Page Rank) |
| AdWords | 人の手による中央集権的な広告の出稿管理 | 広告配信の民主化(広告ランク) |
| AdSense | 収益化の民主化に伴う 情報発信の民主化 |
こうしたGoogleによる一連の民主化は、当時のインターネットユーザーにはAppleの「1984」のCM(第6話参照)に登場した女性のような、ビッグ・ブラザーからの解放の象徴のように映ったのだと思います。Googleはインターネットユーザーから熱狂的な支持を集めていくことになりました。第6話で紹介した伊藤穰一のインターネットがもたらす社会変化に関する予言が、Googleによって現実化しているように見えますね。
- 情報発信が誰でもできるようになり、個人がエンパワーメントされる
- すべての中間業者がなくなり利権が破壊される
第28話に続きます。