TAG LIST
インターネット広告創世記

第23話:Overtureの「マネージメントフィー」の導入と推奨認定代理店協会の設立

杓谷技研というマーケティング支援会社の代表を務めております杓谷 匠(しゃくや たくみ)と申します。この記事では、アタラ株式会社会長の佐藤康夫さんのご協力のもと、2024年9月5日(木)に連載を開始した「インターネット広告創世記 ~Googleが与えたインパクトから発展史を読み解く〜」の第23話をお届けします。なお、本連載は、株式会社インプレスが運営するWeb担当者Forumでも同時に公開しています。

前回の記事はこちらです。

杓谷:前回のお話では、Yahoo! JAPANとの交渉の結果、Overtureの「スポンサードサーチ」とGoogleの「AdWords」が日本の検索シェア60%のYahoo! JAPANを巡ってトラフィックを50%:50%に分けてA/Bテストを行うことが決まりました。より多くの売上をYahoo! JAPANにもたらした会社がYahoo! JAPANのトラフィックを総取りできるということで、2社の熾烈な争いが始まりました。

佐藤:スポンサードサーチもAdWordsも新しいサービスだったので、Yahoo! JAPANなどの提携先のパートナーは広告代理店がいかに広告を売ってくれるかをとても気にしていました。広告代理店を巻き込むという観点で言うと、Overtureが考案した「マネージメントフィー」制度の導入は大きな転換点だったと思います。

杉原:この「マネージメントフィー」を考案したのがOverture日本法人の社長だった鈴木茂人さんです。僕がOvertureに入って最初に担当した仕事がこの「マネージメントフィー」と認定代理店制度にまつわる仕事でした。

広告代理店を巻き込むために考案した「マネージメントフィー」と「Agency Comission」

佐藤:通常、テレビや雑誌などの広告は、大手総合代理店がテレビ局の持つ広告枠をあらかじめ買い取り、それを広告主に仲介する形で販売します。広告主が広告代理店に支払う費用と、広告代理店がテレビ局などに支払う媒体費の差額が広告代理店の仲介手数料となります。このような広告枠の取引形態のことを「コミッション」と呼びます。

広告枠の買い付けにおける広告業界の基本構造 

出典:インターネットマガジン1996年11月号―INTERNET magazine No.22をもとに筆者作成

佐藤:日本では広告代理店を経由して広告出稿をした場合、広告主が広告代理店に媒体費の◯◯%といった形で仲介手数料を支払うのが一般的だったのですが、AdWordsではコミッションはどうするのかと米国の担当者に伝えると、「え、コミッション? 何それ?」と言われてしまいました。米国本社では、広告費の卸値を設定したり、広告代理店の仲介手数料を設定したりするという概念がなかったようです。

僕は広告代理店出身だったこともあって、日本ではコミッションがないと広告代理店は動かないということがわかっていたので、日本独自に媒体費の20%の「Agency Comission」を設定して導入することを検討していたのですが、これを本社に承認してもらうまでには相当骨が折れました。

オーミッドが来日した時に代官山の小料理屋に連れていき、そこで2時間話し込んだのですが、オーミッドはじっと僕の目を見て「Agency Commissionは本当に必要なのか?」ということしか聞いてこなくて、その場では承認は得られませんでした。

杉原:Overtureは、Googleと違って自社の検索エンジンは持っていなくて、MSNなどのポータルサイトの検索エンジンに検索連動型広告のシステムを提供し、一定の割合でレベニューシェアをするビジネスモデルでした。そのため、広告代理店と付き合うとなるとコミッションモデルなので卸値を設定する必要が出てくるのですが、ただでさえレベニューシェアで利益が少なくなっている中で卸値を設定すると利益がかなり減ってしまうので、どうしたものかと悩みました。

そこで、Overtureの日本法人社長の鈴木茂人さんは本社を説得して「マネジメントフィー」という制度を作り、広告代理店を通した場合に限り、広告費を20%値上げすることにしました。この値上げ分を含む広告費の15%が広告代理店の取り分となるわけですが、値上げした部分に含まれるサービス内容を本社と協議して承認を得る、というのが2002年9月に僕がOvertureに入社して担当した最初の仕事でした。つまり、広告代理店が提供するサービスレベルの基準を作ろうとしたんです。それが、後の「推奨認定代理店協会」の発足につながっていきます。

Overture CEOのテッド・マイゼル(左)と日本法人社長の鈴木茂人氏

出典:Internet Watch 「キーワードの値段は市場が決める~Overtureインタビュー」(2002年7月2日付け)

マネジメントフィーを適用した場合の広告費と運用手数料

佐藤:Overtureがマネジメントフィーを導入したということは、取引先の広告代理店経由で知りました。Googleで「Agency Comission」を導入しようとして悩んでいた僕には渡りに船だなと思いました。やはり、日本の広告代理店を巻き込むためにAgency Commissionは絶対に必要だし、Googleの本社に制度を納得してもらう良い機会だと考え、改めて本社を説得しました。

Google創業者のラリー・ペイジとサーゲイ・ブリンの二人は広告費を値上げするということで、AdWordsのオークションに影響を与えるかどうかを気にしていましたが、広告代理店への請求書の中で20%値上げをするだけで、オークションのアルゴリズムそのものには影響がないとわかると最終的に許可をしてくれました。こうして、AdWordsでも「Agency Comission」を始めることが決まりました。

このような経緯ではありましたが、広告代理店が取り扱うテレビや新聞などの広告媒体と同じように「コミッション」的に広告を取引できるようになったことは、広告代理店がスポンサードサーチとAdWordsを販売していく上で意義が大きかったと思います。

杓谷:この時に設定された20%という数値が今でも運用手数料の基準になっていますね。運用手数料を広告費の◯◯%といったように「コミッション」的に請求するのか、それとも作業時間をベースにする「フィー」として請求するかの問題は、後々まで尾を引いていくことになります。

Overture、AdWordsの日本市場参入に感じたビジネスチャンス

加藤:OvertureとGoogleがこのような検討をしていた2002年頃、僕はOvertureの日本法人社長の鈴木茂人さんから「Overtureの普及啓蒙のための団体を作りたい」という相談をうけていました。

加藤:僕の検索連動型広告との出会いは、アスキーが始めた「e-sekai(イーセカイ)」というサイトが最初でした。サービス自体はしばらくして終了してしまったんですが、e-sekaiでは検索結果の上位をお金を出せば買えたんです。

1999年11月の「e-sekai(イーセカイ)」トップページの様子

出典:Internet Archive

「e-sekai(イーセカイ)」の検索結果画面の広告メニュー

出典:Internet Archive

加藤:僕は、検索結果は広告とは別物であるべきという考え方だったんで「これはインチキだ」って当初は思い込んでいたんですけど、中古車販売や一括見積系の広告主など、買いたい広告主が確実にいるだろうことはわかっていたので、凄いアイデアだなと思いながら見ていました。

第15話でお話しましたが、日広はiモードの広告を買い付けるために、JAAA(日本広告業協会)に加盟していたのですが、インターネット広告部会とかに僕は出席していて、広告のレギュレーション作り委員会にも参加していたんです。日頃会う機会のない電通のIC局(Interactive Communication局)の局長の話などを聞くうちに、彼らの価値観や正義感みたいなものを知っていたので、大手総合広告代理店はOvertureやAdWordsのような検索連動型広告の広告には直ぐには動けないと確信したんです。つまり、これはビジネスチャンスだなと思いました。

だから、Overtureの日本法人が設立されるという話が漏れ伝わって聞いたときに、僕は内心で小躍りしましたね(笑)。その後間もなく、鈴木さんが向こうから訪ねてこられました。

従来の”アドマンの価値”と真逆だったスポンサードサーチとAdWords

加藤:第22話で、佐藤さんが大手総合代理店にAdWordsの営業に行った時にまったく相手にされなかったとお話されていましたが、Overtureの鈴木さんも同じだったようです。

僕の見立て通り、大手総合代理店からは「Overtureの広告の仕組みは理解しがたい。お金で検索結果を買うというのは悪魔にも似た行為だ。何の価値もないサイトが一番上に出てきてユーザーが詐欺に遭ったらどうするんだ。Yahoo! JAPANもgooもそんな広告を採用するわけがない!」といったようなことを言われてしまったみたいです。

そもそも、伝統的な広告業界におけるアドマンの価値とは、広告の掲載位置を保証することです。接待でも何でもして「僕が命に代えてでも◯月◯日の朝刊のラテ欄下の広告枠を取ります!」というのがアドマンの仕事なんです。

一方で、OvertureやAdWordsの広告の掲載位置はオークションで決まります。広告主に「一番に上に出ます」と言っていたのに朝起きたら4番目に出てることは平気で起こり得ます。そんなことが起こったら往時の広告業界の考え方だと補填ものの世界。とらやの羊羹を持参して広告主に謝りに行かなくてはいけません。こうした価値観の中で、何位に出るかわからないような危なっかしい広告を大手総合代理店が売るわけはないですよね。

なので、丸紅出身のOvertureの鈴木さんはあてにしていた大手広告代理店からの理解を得られず困ってしまったんだと思います。そこで、「Overtureの推奨認定代理店制度を作り、検定試験を作って広告の運用スペシャリストを養成したい」と僕のところに相談に来たのだと思います。

Overtureに僕はビジネスチャンスを強く感じていたので、初めて鈴木さんに会った時に「Overtureの検索連動型広告、これすごくいいですよ!」と伝えたのですが、たぶんそれは鈴木さんにとって心強く聞こえたのではないでしょうか。

Overtureの鈴木さんが日広に声をかけた理由

加藤:鈴木さんが僕に声をかけてきたのは、当時の日広がiモードなどのモバイル広告で有名だったことが影響していたと思います(第15話参照)。下の画像は、声をかけていただいた2002年当時の日広の創業10周年記念誌に掲載した取扱い媒体の内訳です。2001年度売上高は26億円、期末時点の社員数31名でした。(創業当時のエピソードは第8話を参照)

日広創業10周年記念冊子 『nikko group 10th Anniversary』(2002年8月25日付け。加藤さん所蔵)

加藤:この当時の日本のモバイルは世界の1周も2周も先を行っていたので、米国のOverture本社からも世界に先駆けた先行事例になる可能性があると注目されていたそうです。Overtureの日本法人としても、日本のモバイル広告市場をどう攻略するかはすごく大きなテーマだったので、モバイルという観点で僕の名前があがっていたと聞いています。

Overtureの「推奨認定代理店協会」が発足

加藤:こうした流れの中で、2003年3月にOvertureの「推奨認定代理店協会」が発足し、鈴木さんの依頼で僕が会長に就任することになりました。最初はアイレップ、アウンコンサルティング、オプト、サイバーエージェント、セプテーニ、日広の6社が参加していました。

出典:CNET Japan 「オーバーチュアが代理店認定制度を発足」(2003年3月4日付け)

下の画像は、2004年に雑誌『宣伝会議』の広告としてOvertureが作成した推奨認定代理店協会の紹介パンフレットです。1枚目の画像の右から2番目に映っているのが僕ですね。Overtureはこの広告枠と制作、印刷に1000万円ぐらいかけたのではないかと思います。このパンフレットを2万部くらい抜き刷りしたと記憶しています。

Overture推奨認定代理店協会のパンフレット(加藤さん所蔵)

加藤:この推奨認定代理店協会が設立されたことで、それまで競合として時に激しすぎるほどに切磋琢磨していたインターネット専業広告代理店に横のつながりができて、一定の秩序が生まれました。

今振り返ってみると、このOverture推奨認定代理店協会とスペシャリスト教育(認定) をやったことは個人としても広告業界にとしても、とても意義深いことだったなと感じています。いまでも当時若手だった競合代理店の人に会うと「あの時は勉強になりました!」と言ってくれたりしますからね。この推奨認定代理店協会の活動で、スポンサードサーチやAdWordsの検索連動型広告の理解が一気に進んだのは間違いない、と自負しています。

サイバーエージェントは参入してこないだろうという勝算

加藤:僕には実はもう一つ勝算がありました。サイバーエージェントはスポンサードサーチやAdWordsのような検索連動型広告は売らないだろうと思ったんです。その最大の理由は利益率が低いことです。

サイバーエージェントは、2003年の段階で、株主向けに藤田晋さんが他社媒体の販売を極力控えて自社媒体に注力していくことを明言されていました。この流れで2004年にアメーバブログが生まれるわけですが、利益率の高い自社メディアの広告枠を売ることに注力していたんです。

これまでのバナー広告は、ある意味で売ったら終わりでしたが、OvertureやAdWordsの広告は配信してからも細かなチューニングを必要とするので人が張り付きになります。15%の利益率の中で運用者の人件費を捻出するわけなので、会社としての利益はかなり低くなります。実際、サイバーエージェントはその後Overture、AdWordsの販売も始めるのですが、本格的に人員を割いて注力するのはしばらく後のことだったと思います

その約半年後の2003年の10月には、子会社のシーエーサーチが推奨認定代理店協会に参画しています。実は、スポンサードサーチやAdWordsを積極的に売ったのは子会社のシーエーサーチの方でした。その後、検索連動型広告の市場拡大の波に乗って順調に取り扱い高を増やしてサイバーエージェント本体に吸収されます。今のサイバーエージェントの広告部門の役員はこのシーエーサーチ出身者が務めるまでに至っています。
出典:CNET Japan「オーバーチュア、認定代理店制度をアップグレード」(2003年10月1日付け)

メディアレップの価値の相対的な希薄化につながった

加藤:この推奨認定代理店協会の設立に関して強調しておきたい点は、ここまでの話の中にメディアレップが登場していないという点です。第9話〜第17話のメディアレップ編を通じて見てきたように、これまでのインターネット広告はメディアレップを通すことが当たり前でした。しかし、第11話で佐藤さんがお話されたように、メディアレップを通してしまうと広告代理店とメディアレップの二重の仲介手数料が発生してしまい、広告プラットフォームの利益が減ってしまいます。Overtureの鈴木さんが「この認定代理店制度を軸とした背景には、利益率の配分を二重にしない。その主導権だけはなんとしても持つ」という強い意志表示でもあった思います。

二重のコミッション構造(第11話より再掲)

出典:インターネットマガジン1996年11月号―INTERNET magazine No.22をもとに筆者作成

これ以降、スポンサードサーチやAdWordsの検索連動型広告市場が爆発的な成長を遂げていく中で、メディアレップの存在は相対的に少しずつ希薄化していくことにつながっていったと思います。杓谷:メディアレップはメディアレップでこの時点でも引き続き成長を続けていますので、異なる商流が本格的に確立された、という言い方が正しいかもしれませんね。

Yahoo! JAPANを巡るOvertureとGoogleの攻防はOvertureが一歩リードか

杓谷:ここまでのお話を聞いていると、Yahoo! JAPANを巡るOvertureとAdWordsのA/Bテストの文脈では、広告代理店を巻き込む仕組みをいち早く整えていったという意味で、Overtureがかなりリードしている印象を受けます。こうしたOvertureの動向をGoogleの佐藤さんはどのように見ていらっしゃったのでしょうか?

佐藤:取引先の広告代理店経由でこうしたOvertureの動向は逐一耳に入っていましたね。AdWords自体の特殊性やかけられる人数の制限もあって、広告代理店を巻き込むという意味ではかなりOvertureの後塵を拝することになってしまいました。そこで、僕らは中小企業を巻き込むことに注力していくことにしました。

第24話に続きます。

  • 記事を書いたライター
  • ライターの新着記事
杓谷 匠

株式会社杓谷技術研究所 代表取締役。2008年に営業職の新卒一期生としてグーグル株式会社(現グーグル合同会社)に入社。以降、広告主、代理店、広告プラットフォームなど様々な立場で15年以上Google広告の営業、運用、コンサルティング業務に携わる。2019年にGoogleからの紹介を受け、Google Marketing Platform の大手リセラーとして知られる英国の広告代理店Jellyfishの日本法人立ち上げに参画した後、2023年より現職。『いちばんやさしい"はじめての"Google広告の教本』の著者の一人。

  1. 第54話(最終話):AIという前例なき時代に必要なのは「教育」ではなく「学び」である

  2. 第53話:インターネット広告の今後の行方はAIに「愛」が実装できるかが鍵に

  3. 第52話:2021年インターネット広告費がマスコミ四媒体(テレビ・新聞・雑誌・ラジオ)の広告費を追い抜く

RANKING
DAILY
WEEKLY
MONTHLY
  1. 1
  2. 2
  3. 3
  1. 1
  2. 2
  3. 3
  1. 1
  2. 2
  3. 3

RELATED

PAGE TOP