杓谷技研というマーケティング支援会社の代表を務めております杓谷 匠(しゃくや たくみ)と申します。この記事では、アタラ株式会社会長の佐藤康夫さんのご協力のもと、2024年9月5日(木)に連載を開始した「インターネット広告創世記 ~Googleが与えたインパクトから発展史を読み解く〜」の第46話をお届けします。なお、本連載は、株式会社インプレスが運営するWeb担当者Forumでも同時に公開しています。
前回の記事はこちらです。
杓谷:前回のお話では、Twitterの運用型広告「プロモアカウント」「プロモツイート」「プロモトレンド」のサービス開始の様子と、サービスを牽引したGoogle出身者達の活躍を紹介しました。改めて振り返ると日米ともにGoogle出身者が多くて驚きますね。
佐藤:今回も、前回に引き続きGoogleとTwitterの両方をご経験された葉村真樹さんと持田忠一郎さんにご登場いただき、Twitterが与えたインターネット広告への変化について語っていただこうと思います。Twitter(現X)とFacebook(現Meta)がユーザー数を拡大していくにしたがって、Google一強の時代が終焉を迎え、インターネット広告の商習慣にも新しい変化がもたらされました。
持田:ユーザー数という観点で言うと、米国ではFacebookが先に人気になり、その後にTwitterの利用者数が増えていったという順番でしたが、日本では2008年に両者ほぼ同じタイミングで上陸しました。
東日本大震災がTwitterとFacebookの普及を後押しした
持田:日本でのサービス開始当初はFacebookよりもTwitterの方が少し先行してユーザー数が増えていったと記憶していますが、Twitterのユーザー数が大きく拡大したきっかけは東日本大震災だったと思います。あの地震で「自分の命に危険がある」「自分の家族がどうなったかわからない」「電話がつながらない」といった状況の中、被災者が目の前の情報をツイートすることで、テレビの報道よりも早く被災情報を知ることができました。日本のユーザーは、この震災を通して他にはないTwitterの価値を身をもって知ったのだと思います。
特に情報のリアルタイム性という観点では、ツイートされる情報は、Googleがクローラーで検知する情報よりも即時性がずっと高かったんです。その結果、災害情報、電車の遅延、渋滞などのリアルタイムの情報を、Twitterで検索して調べることも一般的になりました。

安否確認で高い達成率を記録したTwitter
出典:Internet Watch「3月11日に家族・知人の安否確認で試みた方法、Twitterは5.5~6.6%」(2011年8月3日付け)
また、情報のリアルタイム性という観点ではTwitterでつぶやかれる情報はGoogleがクローラーで検知する情報よりも速かったんです。その結果、災害情報、電車の遅延、渋滞などのリアルタイムの情報は、Twitterで検索して調べることも一般的になりました。
佐藤:GoogleがクロールできないFacebookと、Googleのクローラーが追いつかないTwitterの登場は、インターネット上に2つの新大陸が出現したように感じました。Googleは2010年に「リアルタイム検索」を開始して検索結果にTwitterの最新のつぶやきを表示させる試みをしてリアルタイムな情報を検索に取り入れようと試みましたが、2011年にTwitterとの契約切れが原因でサービスを終了しています。

Googleの検索結果に表示されたTwitterの最新のつぶやき
出典:Internet Watch「『リアルタイム検索』で“いま”を検索。グーグルが説明会」(2010年2月16日付け)
また、サービスとしても、Googleのサービスの中で最もSNSに近い立ち位置にいたGmailの中に「Google Buzz」という機能を追加しました。Twitterに対抗してリアルタイムのつぶやき的な情報の収集を試みましたが、後述するGoogleのSNS「Google+」が登場した影響もあり、2012年1月にサービスを終了しています。

Gmailに表示された「Google Buzz」
出典:Internet Watch「『Google Buzz』はカジュアルな会話を楽しむ場、グーグル説明会」(2010年2月10日付け)
持田:日本におけるFacebookは、2011年1月に公開された映画『ソーシャル・ネットワーク』、同年3月の東日本大震災、翌2012年5月の上場をきっかけにユーザー数が拡大していきました。ちなみにTwitterが上場したのはその翌年の2013年11月でした。そして、スマートフォンの普及が両者のユーザー数拡大を強く後押ししていく形となりました。

佐藤:Googleも2011年9月に「Google+」というSNSのサービスを開始しました。GoogleのサービスをSNSとして再構成するという野心的な取り組みで、当時人気絶頂だったAKB48を起用したマーケティングでも話題になりましたが、最終的に2019年8月にサービスを終了しています。Google VideoもYouTube買収で閉鎖となりましたし、人を集めるコミュニティーサービスは何故かあまり得意ではないのかな、という印象を持ちました。

「Google+」のサービス公開時のサービス概要ページ
出典:Internet Watch「『Google+』発表、ソーシャル要素をGoogle全体に取り込むプロジェクト」(2011年6月29日付け)
YouTubeの動画視聴の流れを変えたTwitterとFacebook
持田:インターネット広告の観点で言うと、TwitterやFacebookのユーザー数が国内で急拡大したことが、初期のYouTubeの広告ビジネスに影響を与えたと思います。
第36話で、現在YouTubeのトップページに表示される「マストヘッド広告」の前身にあたる「トップページYVA」(YVAはYouTube Video Adsの略)について紹介されていましたが、YouTubeが日本で本格的にサービスを開始した2007年の段階ではまだまだウェブサイトはトップページから訪問するもの、という考え方が根強く残っていました。したがって、YouTube広告で最も値段が高く設定されていたのはYouTubeのトップページに設置された広告枠でした。
しかし、2010年か2011年頃のことだったと思うのですが、とある大手総合広告代理店から「YouTubeのトップページの訪問者数が媒体資料に書いてある数値よりも落ちているのではないか」というご相談をいただきました。当時はYouTube全体の動画再生数が破竹の勢いで伸びてる時期だったので「どういうこと?」と思いながら実際に調べてみると、確かに営業資料に記載していた数字より下がり始めていて、結果的に広告媒体資料の表記や価格を再検討することになりました。
それまでは、例えば当時流行った「メントスをコーラに入れて泡が大量に出る動画」などを、ユーザーはYouTubeのトップページで検索してから動画を観ていました。ところが、TwitterとFacebookの登場によっていわゆる「ディープリンク」と呼ばれるトップページより下層の動画ページに直接訪問する動きが加速したんです。TwitterやFacebookがユーザー数を拡大した影響で情報の流通経路が変わり、結果的にYouTubeは広告のあり方を変えていく必要に迫られたと思います。

Cool Science Experiment – Original Mentos Diet Coke Geyser
佐藤:こうした影響もあって、2010年10月、YouTube創業者のチャド・ハーリーの後任として、Google創業者のラリー・ペイジのスタンフォード大学時代の学友で、AdWords(現Google広告)の開発をリードした、サラー・カマンガーがYouTubeのCEOに就任しました。この人選は、YouTubeの広告を運用型に作り直していくというGoogleの意思表示でもあったと思います。

YouTubeのCEOを務めたサラー・カマンガー(第20話再掲)
出典:Salar Kamangar.jpg is under CC BY-SA 3.0
運用型広告の「ネット取引」を始めたのはTwitter
葉村:インターネット広告の歴史のターニングポイントで言うと、日本で初めて運用型のインターネット広告で「ネット取引」を始めたのはTwitterだったと思います。
葉村:「ネット取引」とは、広告費に卸値を設定したり、手数料を設定しないで販売する取引形態のことを指します。それまで、インターネット広告は広告代理店向けには卸値を設定したり、広告代理店の手数料を上乗せして広告主に請求する「コミッション」と呼ばれるビジネスモデルが一般的でしたが、Twitterはそれをやめたんです。商流が広告代理店経由であろうとなかろうと、広告費の販売価格を一律同じにしました。
杓谷:これまで、第23話でOvertureの「マネージメントフィー」制度とGoogleの「Agency Comission」制度を紹介しましたが、この時点で運用型広告の商流は下記の2種類の商流がありました。

広告代理店経由で広告を出稿する商流①の場合、販売価格と卸値を設定し、その差額が広告代理店の取り分となりますが、広告主が自らアカウントを開設する商流②の場合は管理画面で表示される広告費がそのまま広告プラットフォームへの支払い。金額となります。つまり、商流①と商流②で2つの価格が存在していたわけです。
葉村さんがお話された「ネット取引」とは、商流を商流②に1本化するという意味になります。商流①はメディアレップを想定した日本独自のビジネスモデルだったので、ここでビジネスモデルが米国と同じになったということですね。
葉村:広告の販売価格を統一し、運用代行手数料は広告主と広告代理店の間で自由に決めてください、という考え方です。これまで、OvertureのスポンサードサーチやGoogleのAdWordsは、手数料の上限が20%に決められていたんです。ネット取引になることでこの上限が撤廃されて、広告代理店が自由に手数料やサービスレベルを設定できるようになるのでインターネット専業広告代理店は好意的な反応でした。
一方で、大手総合広告代理店からは、広告枠を仲介するという観点における広告代理店としての価値が希薄化されると受け止められたせいか、あまり快くは思われませんでした。
「メディアの代理」から「広告主の代理」に立ち位置が変わった
杓谷:第19話で、佐藤さんが伝統的な広告業界の商習慣を考慮してGoogleの「プレミアム・スポンサーシップ」広告をメディアレップを通さずに販売することに細心の注意を払ったことを紹介しましたが、この時点でもこの決断は覚悟のいる決断だったと思います。
確認が必要ですが、おそらく現在ではGoogle広告やMeta広告も商流①のネット取引になっていると思います。これまで、運用型広告の商習慣はOvertureを買収したYahoo! JAPANとGoogleの2者が主導して作ってきましたが、ここにTwitterやFacebookが加わり、インターネット広告に新たな風が入ってきた様子が見て取れます。
Twitterが呼び水となって主要な運用型広告プラットフォームがネット取引になり、広告代理店が「メディアを代理する」立場から「広告主を代理する」立場に移り変わったと言えるかもしれませんね。もちろん、運用型広告に限ってのことではありますが。
インターネット広告に新しい効果指標を作ることを目指した
持田:Twitterから見たFacebookは中小企業にとって使いやすい広告サービスを作るのが本当にうまいなと思いました。そして、その要因はGoogle時代からAdWordsのグローバルの中小企業営業チームを統括していたシェリル・サンドバーグに依るものが大きかったと思っています。
一方、Twitterの広告主は大手企業が中心でした。検索連動型広告が「はんこ」の販売や「屋形船」といったように(第24話参照)、中小企業をきっかけに成長していったのとはまったく逆でした。
葉村:Twitterの場合は広告ビジネスを統括していたアダム・ベインがテレビ放送ネットワークのFOX出身だったことも影響したのか、米国でテレビと連動した実験をよくしていて、日本でもビデオリサーチと提携して「TVエコー」という効果指標を作りました。
例えば、「報道ステーション」に「浜崎あゆみ」が出演したとします。番組放送中と放送直後に「浜崎あゆみ」というテキストを含んだつぶやきが増えていたら、そのつぶやきをしたユーザーは「報道ステーション」を観ていた可能性が高いということがわかります。こうしたテレビとつぶやきの相関をとって、テレビと連動させた新しい広告の効果指標を作ろうとしていたんです。米国で先行して研究が進んでいましたが、日本でも大手総合代理店やテレビ局と組んで実験しました。背景には、新しい広告の効果指標を作ることで広告の単価を上げていきたいという狙いがあったのだと思います。

出典:Internet Watch「ビデオリサーチ、Twitterをテレビ番組への反応の指標とする研究を開始」(2012年10月23日付け)

出典:Internet Watch「テレビとTwitterの関連を指標化、ビデオリサーチ『Twitter TV エコー』開始」(2014年9月19日付け)
持田:しかし、テレビと連動したインターネット広告の効果指標を作るまでには至らず、結果的にはクリック数やコンバージョン単価で評価する従来の効果指標に収斂していきました。テレビとの高い親和性によるイノベーションを標榜したTwitterからすると少し残念な結果ではありました。ただ、Google、Facebook、Yahoo! JAPANなど様々なメディアがある中で、ある程度横並びに広告効果の比較ができないとビジネスとしてメディアプランが成り立たちませんので致し方ないですね。
また当時のTwitterはFacebookに比べると、中小企業に広告を利用いただくことに苦戦していました。中小企業の広告主の参加のしやすさの差がFacebookとTwitterの売上の差の要因のひとつでもあったと思います。Twitterが上場していた最後の年の2021年の広告の売上高で比較するとFacebook(現Meta)が1149億ドルで、Twitterは44.6億ドルと約26倍の開きがあります。Facebookは2012年にInstagramを買収して、その強みをさらに加速していきましたから、やはりロングテールによる成長はインターネットの本質的な強みなんだと痛感させられました。
主語を使い分ける日本人の気質にフィットしたTwitter
持田:Facebookは実名制ということで、ひとつのアカウントに様々な人格や個性を付け足していくという発想で、ある意味で表の世界の自分を演出する場だったと思います。
一方で、Twitterは一人の人間が複数のアカウントを作って人格を分けることができます。推し活をしているプライベートの自分、仕事をしているときの自分、子育てをしているときの自分、といったようにアカウントを使い分けることができます。これが日本人の特性にすごく合ったんだと思います。日本語は主語を僕、私、俺、など使い分けますが、英語はIだけですよね。
私が在籍していた頃のTwitterは、ユーザー数はアメリカの方が多いのに、ツイート数は日本の方が多いという不思議な現象が発生していました。それだけ日本人はTwitterが好きなんですね。分散した人格それぞれのアカウントがアクティブユーザーとしてカウントされるのがTwitterの変なところでもあり、面白いところだと思います。外面のFacebookと内面のTwitterという見方もできるかもしれません。
Twitterを作ったのはアメリカ人ですが、サービスのフィロソフィーに文化的にフィットしたのは日本だったと思います。
第47話に続きます。