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インターネット広告創世記

第25話:Yahoo! JAPANを巡るOvertureとGoogleのA/Bテストは意外な結末へ

杓谷技研というマーケティング支援会社の代表を務めております杓谷 匠(しゃくや たくみ)と申します。この記事では、アタラ株式会社会長の佐藤康夫さんのご協力のもと、2024年9月5日(木)に連載を開始した「インターネット広告創世記 ~Googleが与えたインパクトから発展史を読み解く〜」の第25話をお届けします。なお、本連載は、株式会社インプレスが運営するWeb担当者Forumでも同時に公開しています。

前回の記事はこちらです。

杓谷:前回のお話では、最低入札価格をGoogleのAdWordsが30円から7円に、Overtureのスポンサードサーチが35円から9円に値下げしたことにより、中小企業の広告主が爆発的に増えていったところまでお話しました。

佐藤:最低入札価格の値下げをしてからAdWordsの売上は急激に伸びていきました。目標未達の日は1日もなく、大幅に売上目標を上回りました。そして、サービス開始から約1年が経ち、Yahoo! JAPANのA/Bテスト期間が終了する時期を迎えました。

杉原:この頃は楽しかったですね(笑)。日ごとの売上がそれまでの記録をどんどん更新していくわけですから。一方で、急激に売上が伸びたのは良いのですが、その反動の影響も大きいものがありました

広告主の飛躍的な増加でOvertureのオペレーションが限界に

杉原:第22話でお話した通り、Overtureでは広告代理店を巻き込むために社内に「エディトリアルチーム」と呼ばれるチームがありました。営業担当が広告代理店または広告主から提案依頼書をもらうと「エディトリアルチーム」がキーワードの調査、入稿、お見積りを出していたのですが、あまりにも広告主が増えすぎてしまって処理できない数が500〜600件ほどに積み上がってしまったんです。何ヶ月も見積もりが出せない状態に陥ってしまいました。

佐藤:AdWordsはセルフサーブ型でクレジットカード決済。代理店のみ請求書払いという仕様だったので、スポンサードサーチほどはオペレーション上の問題は発生しませんでした。

杓谷:広告代理店を巻き込むという意味では一見不利に見えたAdWordsのセルフサーブ方式が、広告主の数が爆発的に増えてきたことで逆に活きてきたというわけですね。

第19話で紹介しましたが、Googleの「プレミアムスポンサーシップ広告」ではOvertureの「エディトリアルチーム」に相当するチームが社内にありましたが、業種別の価格変動によって営業が大混乱していました。その経験がAdWordsに活かされたのかもしれません。

社名の「Google」は数学用語で10の100乗、つまり「とてつもなく大きい数」という意味ですが、今にして思うと最初から中小企業の広告主の数が爆発的に増えることを見越してAdWordsをセルフサーブ型、クレジットカード払いという仕様にしたように見えてきます。

「品質スコア」が決め手となってA/BテストはAdWordsが勝利

杉原:社内のオペレーションが限界を迎えている頃、Yahoo! JAPANのA/Bテストの途中経過を聞く機会がありました。Yahoo! JAPANの担当者から、AdWordsのクリック率がスポンサードサーチの2倍だったという結果を聞き、「これは負けた」と思いました。クリック率が2倍だということは売上も大きく差をつけられているだろうことが容易に想像できました。

佐藤:このクリック率の差は、AdWordsの掲載順位、課金の仕組みに「品質スコア」(現「広告の品質」)が組み込まれていたことに起因します。

下の図は、AdWordsの掲載順位を決める「広告ランク」を因数分解した方程式です。「広告ランク」は「上限入札単価」と「品質スコア」の掛け算で算出されますが、当時の「品質スコア」は広告のクリック率を重要な要素として考慮していたので、広告の「クリック率」と考えて問題ありません。これをそれぞれの要素に因数分解していくと、最終的に「上限インプレッション単価」に行き着きます。要するに、「広告ランク」とは1インプレッションあたりの収益が最も高くなる可能性のある広告を上位に表示させる仕組みでもあったわけです。

「広告ランク」の仕組み

広告主上限入札単価品質スコア広告ランク掲載順位実際の課金額
A社200円48001101円
D社40円10400231円
C社60円5300343円
B社70円321045位の広告ランク÷品質スコア+1円

AdWordsの掲載順位と課金額を決める仕組み

広告主上限入札単価掲載順位実際の課金額
A社200円171円
B社70円261円
C社60円341円
D社40円45位の入札額+1円

Overtureの広告掲載順位と課金額を決める仕組み

佐藤:「広告ランク」の計算はユーザーが検索を行う度に行われるわけですから、必然的にYahoo! JAPANにもたらす収益はAdWordsの方が大きくなっていきました。その結果、Yahoo! JAPANを舞台に行われたスポンサードサーチとAdWordsのA/BテストはAdWordsが勝利を収めることになりました。
杓谷:スポンサードサーチのオークションでは入札価格を高くすれば上位に表示させることはできますが、AdWordsに比べてユーザーの検索意図との関連性は低くなってしまうため、クリック率が低くなり、結果的にAdWordsに負けてしまったというわけですね。スポンサードサーチもAdWordsも広告をクリックして初めて課金が発生するモデルですからね。

「品質スコア」はユーザー・広告主・広告媒体3者の利益を最大化する

佐藤:オークションのアルゴリズムに「品質スコア」を加えたことで、「ユーザー」には検索意図に関連性の高い広告が表示されるようになりますし、「広告主」はクリック単価を抑えることができます。そしてそれが「広告媒体」の利益を最大化することにもつながるわけです。「品質スコア」とは、「ユーザー」「広告主」「広告媒体」3者の利益が最大化される素晴らしい発明だなと思いました。

「品質スコア」が3者の利益を最大化

佐藤:第17話でお話しましたが、これまでのインターネット広告は、ウェブサイトの空白部分を埋め尽くすような勢いでバナー広告が溢れ、スパム紛いのポップアップ広告が氾濫しているという状態でした。挙句の果てには広告代理店からパソコンの全画面をジャックしたいという要望が広告代理店からあがってくる始末で、「ユーザー」の利便性をひどく損なっている状況でした。

こうした事態になってしまったのは、インプレッション保証型広告やクリック保証型広告には、「品質スコア」のような「ユーザー」の評価を考慮する変数が組み込まれていなかったことが原因だったと思います。上の図の「広告主」と「広告媒体」の円が大きくなりすぎて、「ユーザー」の円が小さくなってしまっていたのが1990年代のインターネット広告だったと思います。

「ユーザー」「広告主」「広告媒体」の利益のバランスを保つことが結果的に収益の最大化につながることを、当時日本のインターネットユーザーの8割強にリーチしていたYahoo! JAPANというこれ以上ない最高の舞台で証明されたわけです。

杓谷:Overtureが検索連動型広告を発明し、Googleが完成させた、と言えるかもしれませんね。

佐藤:「品質スコア」のような考え方は、インターネット広告でビジネスを行う上で絶対不可欠な考え方ですが、AdWordsやスポンサードサーチなどの広告を経験していない人にとってはイメージがしづらいかもしれませんね。2025年の今も画面を占有するような広告を目にしますから。

オークション理論の存在とハル・ヴァリアン

佐藤:GoogleがAdWordsに「品質スコア」を取り入れた背景にはオークション理論の存在があったと思います。オークション理論は、1990年代に米国でテレビや携帯電話の電波の使用権の入札に利用されたことで注目を集めました。オークション理論を研究した米スタンフォード大学のポール・ミルグロム教授とロバート・ウィルソン教授は2020年にノーベル経済学賞を受賞しています。

出典:ケータイ Watch「ノーベル経済学賞、周波数オークション理論に貢献した米国の研究者2名に」(2020年10月12日付け)※画像はノーベル経済学賞の発表中継より引用されたもの

このオークション理論を元に、AdWordsに「品質スコア」を導入したのがGoogleのチーフエコノミストを務めていたハル・ヴァリアンです。彼は、政府統計や経済指標などに加え、Googleの検索データなどを活用して経済のトレンドや変化を分析し、Googleのビジネスの予測などを行っていました。

GoogleのChief Economistを務めたハル・ヴァリアン

出典:Hal Varian.jpg is under CC BY-SA 2.0

下の動画は、ハル・ヴァリアン自身がAdWordsのオークションの仕組みを解説している動画です。「品質スコア」的な考え方はシェリル・サンドバーグがFacebook(現Meta)に移籍したことでFacebook広告(現Meta広告)に引き継がれ、Twitter広告(現X広告)など様々な広告プラットフォームに受け継がれていきました。その影響力の大きさを考えると、ハル・ヴァリアンがインターネット広告に与えた功績はとても大きかったと思います。

Search Advertising With Google: Quality Score Explanation by Google Chief Economist

米Yahoo! Inc,. が米Overture を買収した結果、Yahoo! JAPANはスポンサードサーチを採用

杉原:Yahoo! JAPANを巡るA/Bテストで、「AdWordsに完全に負けたな」と思っていたちょうどその頃、2003年7月に米Yahoo! IncがOvertureを買収することが決定しました。その影響で、Yahoo! JAPANの検索結果は100%スポンサードサーチになることが決まりました。

参考:INTERNET Watch「米Yahoo!、米Overtureを買収。世界最大のネット広告企業に」(2003年7月15日付け)

一旦は安堵したものの、パフォーマンスでは負けていたので、気を抜いたらリプレイスされてしまうと思っていたので安心はできませんでしたね。
佐藤:A/Bテストの勝負がつき、次の契約更新でYahoo! JAPANの検索結果は100%AdWordsになると期待していた矢先での出来事でした。パフォーマンスでは勝っていただけに大きなショックでした。Yahoo! JAPAN経由の売上はAdWords全体の売上の大きな部分を占めていたので、Yahoo! JAPANも配慮してくれて猶予期間を設けてくれることになり、段階的にAdWordsのトラフィックを減らしていくことになりました。

杉原:この猶予期間中に、Overture日本法人立ち上げ時から代表を務めていた鈴木茂人さんが体調を崩されて退任され、第14話、第16話でダブルクリックジャパンの代表として登場した株式会社SUIMの上野正博さんが、後任としてOverture日本法人の社長に就任することになりました。

上野:2001年4月にダブルクリックジャパンの上場を見届けた後、私は出資者のトランスコスモスに移籍しました。

上野:当時のトランスコスモスはインターネット関連企業に積極的に投資していたのですが、トランスコスモス本体にインターネットに関連するサービスはまだありませんでした。そこで、私が中心となってインターネット広告代理店事業を立ち上げ、上陸したばかりのスポンサードサーチとAdWordsの認定代理店となりました。第23話で加藤さんがOvertureの推奨認定代理店協会のパンフレットを紹介していますが、よく見ていただくとそこにトランスコスモスも名を連ねています。こうした経緯で、Yahoo! JAPANでスポンサードサーチとAdWordsがA/Bテストをやっていることはよく知っていました。

その後、ご縁があって2004年の6月からOverture日本法人の社長に着任することになったのですが、着任前に最終面接も兼ねてYahoo! JAPANの代表取締役社長の井上雅博さんにもお会いすることになりました。そこで、井上さんに率直に「いつまでこのA/Bやるんですか? 米Overtureも米Yahoo! Inc,.の傘下になったわけですし、もうそろそろスポンサードサーチに100%寄せてもいいんじゃないですか?」とダメ元で言ってみたところ、井上さんが「じゃあ手数料率も含めて相談しよう」とお答えになり、2004年6月1日から猶予期間を終了して、Yahoo! JAPANの検索結果を100%スポンサードサーチにすることが決まりました。

参考:Internet Watch「Yahoo! JAPAN、有料リスティングの提携相手をオーバーチュア1社に」(2004年6月1日付け)

2004年7月6日のOverture新社長就任パーティで挨拶する上野さん

出典:Internet Watch「やじうまWatch」(2004月7月7日付け)

同じく2004年7月6日のOverture新社長就任パーティで挨拶するYahoo! JAPANの井上雅博社長

出典:Internet Watch「やじうまWatch」(2004月7月7日付け)

杓谷:猶予期間終了後の2004年7~9月期の決算は、Overtureの影響でYahoo! JAPANの広告売上が過去最高を記録したようですね。※Internet Watch「ヤフーの第2四半期広告売上、猛暑とオーバーチュアとの連携で過去最高」(2004年10月20日付け)

OvertureとGoogleが特許論争で和解、そしてGoogle上場へ

杉原:Yahoo! JAPANの検索結果が100%スポンサードサーチになった2ヶ月後の2004年8月9日、米国で2002年4月から続いていた検索連動型広告の特許侵害を巡るOvertureとGoogleの法廷闘争(第21話参照)にも決着が着きました。Overtureの主張が認められ、Googleは当時の為替レートで約300億円相当の株式を親会社の米Yahoo! Inc,.に支払うことで和解しました。
参考:Internet Watch:「米Googleが米Overtureの広告関連特許をライセンスすることで和解」(2004年8月10日付)

日本でこの知らせを聞いた僕らとしては「もっと戦えよ!」と思いました(笑)。この後、Googleが大手を振ってAdWordsを販売できるようになったことを考えると、この和解のインパクトは大きかったと思います。約300億円という和解金額は当時としてはかなり大きな額でしたが、2024年のGoogle広告の売上が現在の為替レートで約45兆円ということを考えるとかなり小さいように感じます。
佐藤:この和解の直後、2004年8月19日にGoogleは上場します。Google側としては上場後の株価を安定させるために、上場前にどうしてもこの問題を解決しておきたかったのだと思います。この上場以降、Googleは投資のスピードを加速させていくことになります。Googleで検索エンジンやGmailなどのユーザーインターフェースの開発などを統括し、後に米Yahoo! Inc,.のCEOを務めることにもなったマリッサ・メイヤーが上場当時の写真をポストしています。

マリッサ・メイヤーのXで2024年8月19日に投稿されたNASDAQ上場時の写真。CEOのエリック・シュミット、創業者のラリー・ペイジの間に、佐藤さんの上司にあたるオーミッド・コーデスタニが映っているのが確認できる。

出典:X.com Marissa Mayerの投稿より

参考:Internet Watch:「米GoogleがついにIPO、公開初日の終値は100ドル」(2004年8月20日付け)

第26話に続きます。

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杓谷 匠

株式会社杓谷技術研究所 代表取締役。2008年に営業職の新卒一期生としてグーグル株式会社(現グーグル合同会社)に入社。以降、広告主、代理店、広告プラットフォームなど様々な立場で15年以上Google広告の営業、運用、コンサルティング業務に携わる。2019年にGoogleからの紹介を受け、Google Marketing Platform の大手リセラーとして知られる英国の広告代理店Jellyfishの日本法人立ち上げに参画した後、2023年より現職。『いちばんやさしい"はじめての"Google広告の教本』の著者の一人。

  1. 第54話(最終話):AIという前例なき時代に必要なのは「教育」ではなく「学び」である

  2. 第53話:インターネット広告の今後の行方はAIに「愛」が実装できるかが鍵に

  3. 第52話:2021年インターネット広告費がマスコミ四媒体(テレビ・新聞・雑誌・ラジオ)の広告費を追い抜く

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