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インターネット広告創世記

第41話:ディスプレイ広告の効果を劇的に向上させた「CRITEO」の衝撃とデータフィード広告の登場

杓谷技研というマーケティング支援会社の代表を務めております杓谷 匠(しゃくや たくみ)と申します。この記事では、アタラ株式会社会長の佐藤康夫さんのご協力のもと、2024年9月5日(木)に連載を開始した「インターネット広告創世記 ~Googleが与えたインパクトから発展史を読み解く〜」の第41話をお届けします。なお、本連載は、株式会社インプレスが運営するWeb担当者Forumでも同時に公開しています。

前回の記事はこちらです。

杓谷:前回のお話では、検索連動型広告黎明期からインターネット広告に取り組まれてきた株式会社オフィス鹿毛の鹿毛比呂志さんにプログラマティック広告の登場した背景や、「Demand-Side Platform」(以下DSP)、「Supply-Side Platform」(以下SSP)、「Data Management Platform」(以下DMP)の役割について解説していただきました。最終的にリターゲティング広告、中でもCRITEOに収斂したところまでお話いただきました。

佐藤:この時期にはたくさんのDSPが乱立しましたが、特に目立っていたのは初の国産DSPだったFreakOutです。Yahoo! JAPANの運用型ディスプレイ広告「インタレストマッチ」を開発していた本田謙さんと、Google出身で現在hey代表取締役社長の佐藤裕介さんが中心となって創業しました。

初の国産DSP「FreakOut」

杓谷:佐藤裕介さんと私はGoogleの新卒同期だったので、FreakOutが上場に至るまでの過程を近くで見ていたのですが、個人的にとても刺激を受けましたね。

創業当時のFreakOutのロゴ

出典:FreakOutウェブサイト「フリークアウトのはじまり」

FreakOutが創業した2010年前後は、Google本社としても日本法人としても大きな組織変更があった時期でした。2009年に営業を統括していたオーミッド・コーデスタニが退任し、後任にニケシュ・アローラが就任しました。後にソフトバンクに移籍しましたね。

Googleのグローバルの営業を統括したニケシュ・アローラ

出典:Nikesh Arora TechCrunch Disrupt 2015.jpg is under CC BY 2.0

日本法人の代表も、村上憲郎さんが体調を崩されたことに伴い2009年から辻野晃一郎さんに代わり、翌2010年にはYahoo! JAPANの1号社員だった有馬誠さん(第10話参照)が就任しました。オフィスも渋谷のセルリアンタワーから六本木ヒルズに移転し、佐藤さんや杉原さんをはじめ、新卒の時に仕事を教えていただいた皆さまが次々と退職され、社内の雰囲気も大きく変わっていきました。

私は、こうした流れも影響して、Googleの日本法人代表を務めていた辻野晃一郎さんがご退職される際にメールを出したことをきっかけに、2010年9月にGoogleを退職しました。元SONY会長でクオンタムリープ代表の出井伸之さんが設立した会社で、辻野さんが代表を務めるスタートアップ企業に転職しました。ほんのちょっと前まで学生で、検索連動型広告のキーワードのグルーピングしかしてこなかったような新卒3年目の若造が、世界のSONYの出井さんと会うことになるわけですから、足が震えましたね。

元SONY会長で株式会社クオンタムリープ代表の出井伸之さん

出典:Nobuyuki Idei 20090709.jpg is under CC BY 4.0

私がGoogleを辞めたことを知ると、すでに独立していた佐藤裕介さんが声をかけてくれて、後にGoogleロボティクスにも在籍したソフトウェアエンジニアの同期の自宅に集まって今後の展望を語り合いました。私が起業をするようなタイプに見えなかったのでふたりとも驚いていましたが、心良く応援してくれました。今振り返ると、この時すでに佐藤裕介さんはFreakOutの仕事を始めていたと思います。この3人の集まりの時ではなかったかもしれませんが、「伊藤穰一さんに出資のお願いをしに行くときはさすがにネクタイ締めたよ」「え? 伊藤穰一に会ったの!? すげー!」みたいな話をした記憶があります。何度か検索連動型広告の仕事の相談を受けたこともありましたね。

その後、私の実力不足もあって前述の会社を退職し、改めてこの先のキャリアをどうしていこうかとしばらく考えていた時期があったのですが、その間にFreakOutがどんどん成長していき、デジタルマーケティングの国際カンファレンス「ad:tech」のFreakOutのブースが毎年大きなっていく姿を目の当たりし、「やっぱりインターネット広告は新しい技術がどんどん出てきて面白いな」と思いました。それまでの私は映画や小説に憧れる文学青年タイプだったので、そちらの世界への憧れも強かったのですが、この時にインターネット広告業界で生きていこうという決心がついたのだと思います。学生時代に買い集めていた本棚2つ分の書籍を思い切って処分して過去と決別しました。

2014年6月、FreakOutは上場を果たしました。創業の頃から比較的近くで見続けてきたこともあって感慨深く、そのニュースを知った日の夜はなんとなく歩きたくて、当時の勤務先があった恵比寿から自宅まで歩いて帰りました(笑)。

動的リターゲティング広告を提供するCRITEOの登場

杓谷:話をプログラマティック広告全体の流れに戻しますと、前回の鹿毛さんのお話では、コンバージョンを追求した結果、DSPでの広告配信がリターゲティング広告中心になっていき、最終的にCRITREOに収斂したところまでお話しました。
このCRITEOの日本法人立ち上げをご担当されたのが、株式会社SUIM代表の上野正博さんです。上野さんはこれまでの連載の中で、ダブルクリックジャパンの代表(第14話参照)、Overture日本法人代表として、2回ご登場いただきましたが、3度目はCRITEOの日本法人代表としてのご登場となります。

上野:私がダブルクリックジャパンの代表を務めていた1999年当時から、プログラマティック広告の構想はすでにありました。

上野:当時からDoubleClickの広告サービス「DART」には2つの機能がありまして、1つは「DART for Publisher」(以下「DFP」)で、これがSSPです。「DART for Advertiser」(以下「DFA」)がDSPです。日本では、広告主が広告の買付けに代理店手数料以上の費用、つまりDSPの使用料を払う商習慣がなかったのでさほど利用されませんでしたが、すでにこの時期から海外では浸透していました。

私は、2006年にOvertureの日本法人代表を退任した後、Amazonや楽天市場など、複数のECサイトを横断して商品を検索できる商品検索エンジンサイトを運営していたビカムの日本法人代表に就任しました。ビカムの中に独自の検索連動型広告のシステムがあって、先ほどのAmazon、楽天市場などに代表されるEコマースサイトからの広告出稿料が主な収益の柱でした。

2025年現在のビカムのトップページ

出典:ビカム公式サイト

「メタサーチ」と「アービトラージ」

上野:ビカム自体への集客方法は、GoogleやOvertureなどの検索連動型広告です。例えば、ビカムの検索連動型広告で「パソコン」というキーワードに40円の入札価格がついていたとします。Googleの検索連動型広告からビカムに30円でトラフィックを呼び込むことができ、40円のビカムの検索連動型広告をユーザーがクリックすれば、差額の10円がビカムの利益になります。こうした収益の上げ方を「アービトラージ」と呼びます。

ビカムの収益構造の概念図(上野さんのお話を基に筆者が作成)

ビジネスモデルがこうした構造だったこともあり、GoogleやOvertureの検索連動型広告に自動でキーワードや広告文を追加し、広告収入に応じて入札価格を調整する自動入札のシステムを自前で開発していたりしていて、技術的に先進的な企業でした。月間でかなりの金額をGoogleの広告に投資していたと思います。

杓谷:集客と収益の両方に検索連動型広告が深く関わっているので、Overtureの日本法人代表を務めた上野さんに白羽の矢が立ったわけですね。

当時、複数のECサイトや旅行サイトを横断して検索することができる「メタサーチ」というジャンルのウェブサービスが人気になり、私も2013年頃に旅行系のメタサーチのトリップアドバイザーに在籍していたことがあります。ボストンの本社に出張した際に、トリップアドバイザーは当時グローバルでGoogleのトップ10広告主の1社だと言われました。商圏がグローバルなので、日本の広告主とは桁が1つ違う規模の金額を出稿していましたね。ビカムと同様の「アービトラージ」のビジネスモデルで、やはり自前で検索連動型広告の自動入札ツールを開発していました。こうしたメタサーチ系のサービスは「Googleショッピング」や「Google ホテル検索」に置き換えられていきましたね。

CRITEOの創業者からの突然のコンタクト

上野:2007年か2008年頃のことだったと思うのですが、ビカムがGoogle検索からのペナルティを受けて、上位表示ができなくなってしまいました。別のトラフィックソースを探す必要に迫られ、営業をした結果100社くらいが提携してくれたのですが、レコメンデーション機能がなく収益性が悪かったので、開発会社と組んで一から開発しようかと考えていた時にCRITEOの創業者でCEOのジャン=バティスト・リュデル(以下JB)から偶然連絡を受けました。この時点で私は日本でプログラマティック広告が来ると思っていなくて、CRITEOのことも全然知りませんでした。元々はフランスの会社ですしね。

CRITEO創業者のジャン=バティスト・リュデル

出典:Jean-Baptiste Rudelle.jpg is under CC BY-SA 4.0

SkypeでJBと話したところ、「もうプログラマティック広告を始めていてすでに収益も出てるから」と言われて「本当かな?」と思って自分の目で見させてくれと言ったんです。

JBはアメリカの立ち上げをやるためにシリコンバレーのパロアルトにいたのですが、私もたまたま翌月に出張する機会があったので、そこでCRITEOのシステムを見せてもらったところ、実際に動いていたんです。「ダブルクリックジャパン時代にやっていた『Boomerang』(第14話参照)というリターゲティング広告の進化版だ!これはすごい!」と思い、CRITEOに入社することを決意し、2011年に日本法人を立ち上げることになりました。

CRITEOが配信するディスプレイ広告の例。バナー画像の中に、商品画像が表示されているのが確認できる
出典:ネットショップ担当者フォーラム「ユーザーに最適な広告を自動で生成。CVR約2倍を実現するCriteoのリタゲ広告」(2016年2月14日付け)

「データフィード」で商品画像をバナーに表示させる

上野:もちろん「データフィード」も当時からちゃんとありました。CRITEOの場合、広告主が保有する商品情報データベースをCRITEOの求める要件に加工してCRITEOのサーバーにアップロードして登録します。CRITEOのバナー広告に表示される商品の画像、広告文などは、CRITEOに登録された商品データから読み込まれて表示されます。

このように、あらかじめ広告プラットフォームのサーバーに登録した商品名、商品画像などの広告の素材となる「データ」を「フィード」(日本語で「供給する」「与える」の意味)して自動的に生成される広告のことを「データフィード広告」と呼びます。

CRITEOに登録する商品データの項目(筆者作成)

広告主のウェブサイトには、ウェブサイトのソースコードにJavaScriptで下記のようなコードを貼り付け、Cookieにユーザーが閲覧した商品の商品IDの情報を紐づけます。

カートページに貼るCRITEOのタグのサンプル(筆者がGoogle Geminiで作成)

Cookieに保存された商品IDに基づいて、CRITEOに登録された商品データから商品名、商品画像、価格などが読み込まれ、ユーザーが閲覧した商品の画像が入ったバナー画像を自動生成するという仕組みです。

CRITEOのバナー広告が生成される仕組みの概念図(上野さんのお話を基に筆者作成)

こうしたデータフィード広告は2000年代にはまだ存在していませんでした。CRITEOや、後のGoogleショッピング広告、動的リマーケティングを通じて日本でも普及していきました。
杓谷:ビカムで大量の商品データを扱われていたご経験と、ダブルクリックジャパンでのご経験がCRITEOのお仕事の土台になっていますね。CRITEO創業者のJBさんが上野さんに声をかけたのもうなずけます。逆に、こうしたご経験がなければCRITEOの仕組みや凄さを瞬時に理解できなかったと思います。私も仕組みを理解するまでに随分時間がかかりました。

CRITEOの日本の最初の広告主はミズノだった

上野:日本でCRITEOが創業した2011年当時、日本の広告代理店でデータフィードの仕組みをきちんと理解している人がほとんどいなかったんです。CRITEOの場合、タグに蓄積された商品データとCRITEOに登録された商品データの整合性が一定数以上ないと広告の配信が開始されないんです。30件くらい受注したのに1件も広告の配信が開始されないなんてこともありました。仕組みがわかるエンジニアを営業の横に一人つけてください、と頼みこんでようやくスムーズに配信が開始できるようになりました。

日本のお客様で最初に導入していただいたのは、スポーツ用品メーカーのミズノさんでした。先行する海外の事例を基にCRITEOの仕組みを説明し、商品データをご登録いただいて広告配信をスタートしました。

その後の商談では、ミズノさんの事例を基に営業活動を行いました。あらかじめブラウザでCookieをリフレッシュしてからミズノさんのウェブサイトを訪問し、野球のグローブを見てから違うサイトに行き、先程の野球のグローブの画像が表示されたバナー広告を見せると、「おお、こういうことか!」とすぐにご理解いただけたのでとても助かりました。

杓谷:タグに商品IDを返していくなど、タグの高度な編集管理の必要性が高まり、Googleタグマネージャー(2012年サービス開始)やYahoo! タグマネージャーなどのタグ管理ツールの登場を促しましたね。

上野:実はCRITEOの創業者のJBは2000年代前半にフランスで着メロなどを販売するモバイルコンテンツ事業を経営していた経験があります。日本の携帯電話がフランスに入ってきてボコボコにされたので、携帯電話やスマートフォンなどのモバイルに対して良い思い出がなかったんですね。

今では信じられないことですが、2011年当時JBはスマートフォンで物を買ったり旅行を予約したりなんてしないと言っていて、スマートフォン用の広告フォーマットなどが一切なかったんです。「いやいや、日本では既にめちゃくちゃしてますよ」と言ったのですが半年以上聞き入れられませんでした。CEOに言っても聞き入れないので、「4人でいいから開発エンジニアを貸してくれ」とCOOに言ってようやく「やってみよう」という流れになって実現しました。

検索連動型広告に匹敵するCRITEOのコンバージョン単価

上野:CRITEOを始めようと思ったもう一つのきっかけは、第25話でも登場したYahoo! JAPANの井上社長です。Yahoo!のトップページやYahoo! ファイナンスなどの人気サービスの広告枠はコンスタントに売れ続けていましたが、Yahoo! ニュースやYahoo! メールなど、ページビューは膨大にあるものの、売れ残っている広告枠が結構あったんです。CRITEOであればそこをマネタイズできると考え、ちょうどYahoo! JAPANの社長が宮坂さんに交代した2012年頃に一度話に行ったのですが、最初は断られました。

左からソフトバンクグループCEO 孫 正義氏、ヤフーの新CEOとなる宮坂 学氏、ヤフーの現社長兼CEO 井上雅博氏(当時)

出典:Internet Watch「ヤフー、新執行体制へ。経営の若返りを図る~新CEOには44歳の宮坂学氏」(2012年3月1日付け)

そこで、先行するCRITEOの海外支社の状況をヒヤリングして、「検索連動型広告と比べてCRITEOのコンバージョン単価ってどのくらいなの?」と聞くと、「ほぼ検索連動型広告と一緒だよ」ということだったので、こうしたデータを集めて説得して最終的にCRITEOの広告を「Yahoo! ディスプレイアドネットワーク」(以下YDN。現YDA)で配信することができるようになりました。

杓谷:私は2014年夏にGoogleに出戻りをすることになったのですが、Google AdWords(現Google広告)にもCRITEOと同様の「動的リマーケティング広告」という機能があり、広告主からよくCRITEOと効果を比較されました。Googleの「動的リマーケティング広告」が配信できるのはGDNだけでしたが、CRITEOはDSPなのでGDNとYDNの両方に広告を配信することができます。当時のYDNは、GDNと比べてターゲティングの種類が少なかったせいか、平均クリック単価が安く、パフォーマンスではいつもCRITEOの方が高かったように記憶しています。動的リターゲティング広告の分野ではCRITEOに追いつけ追い越せという様子でした。上野:CRITEOの広告主向けの営業資料は実質2枚で終わりでした。「通常のバナー広告からみたら6倍の効果が出ます」「検索連動型広告と比べて遜色のないCPA(コンバージョン単価)が出ます」の2枚で良かったんです。

「ユーザー」「広告主」「広告媒体」のバランスが揺らぎ始めた

佐藤:こうして、GoogleによるDoubleClick買収をきっかけにプログラマティック広告が登場し、Cookieを使った新しい広告配信技術が普及し広告主の費用対効果が向上し、広告プラットフォーム側の収益も上がりました。しかし、多くのDSPがリターゲティング広告に収斂していた結果、ユーザーが「広告に追いかけられているようで気持ち悪い」「何度も同じ広告を見せられてしつこい」と思う機会が増えてしまったのもまた事実だと思います。

第25話第38話でお話したインターネット広告の黄金律で言うと、投資家が煽った「広告媒体」と、自社の利益を追求した「広告主」の面積が広がったことで、相対的に「ユーザー」の領域が小さくなり、一度完成した三者のバランスが少しずつ揺らいでいくような印象を受けながら、このプログラマティック広告市場の行方を見つめていました。

プログラマティック広告登場前の三者のバランス

第25話第38話より再掲

プログラマティック広告登場後の三者のバランス

次回からは、プログラマティック広告と並行して発展していったSNS広告についてお話をしていきたいと思います。

第42話に続きます。

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杓谷 匠

株式会社杓谷技術研究所 代表取締役。2008年に営業職の新卒一期生としてグーグル株式会社(現グーグル合同会社)に入社。以降、広告主、代理店、広告プラットフォームなど様々な立場で15年以上Google広告の営業、運用、コンサルティング業務に携わる。2019年にGoogleからの紹介を受け、Google Marketing Platform の大手リセラーとして知られる英国の広告代理店Jellyfishの日本法人立ち上げに参画した後、2023年より現職。『いちばんやさしい"はじめての"Google広告の教本』の著者の一人。

  1. 第54話(最終話):AIという前例なき時代に必要なのは「教育」ではなく「学び」である

  2. 第53話:インターネット広告の今後の行方はAIに「愛」が実装できるかが鍵に

  3. 第52話:2021年インターネット広告費がマスコミ四媒体(テレビ・新聞・雑誌・ラジオ)の広告費を追い抜く

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