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インターネット広告創世記

第39話:検索連動型広告が変えた予約型ディスプレイ広告市場とAdWordsにCookieが導入された意義

杓谷技研というマーケティング支援会社の代表を務めております杓谷 匠(しゃくや たくみ)と申します。この記事では、アタラ株式会社会長の佐藤康夫さんのご協力のもと、2024年9月5日(木)に連載を開始した「インターネット広告創世記 ~Googleが与えたインパクトから発展史を読み解く〜」の第39話をお届けします。なお、本連載は、株式会社インプレスが運営するWeb担当者Forumでも同時に公開しています。

前回の記事はこちらです。

杓谷:前回のお話では、佐藤さんがGoogleをご退職される節目ということもあり、1996年からのインターネット広告の流れを振り返りました。Googleがもたらした「インターネット広告の民主化」は、「日本の広告の民主化」であったかもしれない、という解釈は広告業界を長く見続けてきた佐藤さんならではの視点だと感じました。

佐藤:ここからのインターネット広告は、一度完成した「ユーザー」「広告主」「広告媒体」の黄金律が、新たなデバイスの登場や、買収した会社の技術を取り入れる過程で変化してきた歴史と捉えています。まずは、Googleによる米DoubleClickの買収の影響についてお話をしていきたいと思います。

Googleが「Cookie」による広告配信技術を取り入れた

佐藤:第33話でお話したように、2007年4月にGoogleは米DoubleClick買収に関する合意を発表しました。2007年12月には米連邦取引委員会(FTC)から、翌2008年3月にはEUからの承認を受け、正式に買収が完了しました。

これまで、Google AdWordsのディスプレイ広告は、検索エンジンの技術を応用してウェブサイトの内容をページごとに解析し、管理画面で登録したキーワードと関連性の高いコンテンツのウェブページに広告を配信する「コンテンツターゲティング」と呼ばれる配信技術を使用していました。そのため、Google AdWordsのディスプレイネットワークは「Google コンテンツネットワーク」と呼ばれていて、「Cookie」を使った広告の配信技術を使用していませんでした。

杓谷:「Cookie」とは、ブラウザに保存される小さなテキストファイルで、各ブラウザごとに一意のデータが保存されます。GoogleやAmazonなど、ログイン機能を持っているウェブサイトは、Cookieを利用することでログインしたユーザーごとに異なるコンテンツを表示させることができます。このCookieを使って広告を配信する技術を持っていたのが米DoubleClickです。第14話で、ダブルクリックジャパンの代表を務めていた上野さんが、広告主のウェブサイトに訪問したユーザーにだけ広告を表示させる「Boomerang」(ブーメラン)というリターゲティング広告をご紹介してくださいましたが、これも「Cookie」を使った広告の一例ですね。

Google Chromeに保存されたDoubleClickのCookie。Chromeの「Developers Tools」で確認できる。(第14話再掲)

佐藤:Googleは、このDoubleClickの買収を機に「Cookie」による広告配信技術をAdWordsに取り入れ、ブラウザに保存されたウェブサイトの閲覧履歴に応じて広告を配信できる「オーディエンスターゲティング」の仕組みを導入しました。そして、「Google コンテンツネットワーク」を「Google ディスプレイネットワーク」という名称に改称し、現在に至ります。

しかし、日本ではDoubleClick製品の販売権はトランスコスモスが大株主のダブルクリックジャパンが独占契約を結んでいたため、欧米と同じタイミングでサービスをスタートすることができませんでした。Google AdWordsへのDoubleClickの技術の統合は、日本では一拍遅れる形になりました。

出典:Internet Watch「ダブルクリック、米Googleなどに契約履行を求める仮処分申請」(2009年1月30日付け)

GoogleによるDoubleClick買収の影響を解説するには、2000年代に検索連動型広告が予約型ディスプレイ広告に与えた影響から話を始めるとわかりやすいと思います。この時期に広告代理店の立場で検索連動型広告と予約型ディスプレイ広告の両方に深く関わった株式会社オフィス鹿毛の鹿毛比呂志さんにお話を聞くとイメージが掴みやすいと思います。

鹿毛:はじめまして、ご紹介にあずかりました株式会社オフィス鹿毛の鹿毛比呂志と申します。僕はもともと、カタログを作ったり新聞や雑誌などに掲載するグラフィック広告を制作するトラディショナルな広告代理店に在籍して広告業界でのキャリアをスタートしました。

紙媒体の制作物がどんどん減っていく

鹿毛:あるブランドの「広告をやります」と言った時に、コンペをやって勝ったところがプラン全体の確認後、まず撮影から始めるんです。ポスターや新聞広告、雑誌広告に使用するクリエイティブ素材を撮影するんです。そういう時に、昔だとテレビCMを最初にやって、新聞広告をやって、雑誌広告やって、カタログを作ってチラシを作って、といったように30から40種類くらいを制作していたのですが、それが2000年前後ぐらいから段々と減っていくんです。30種類ぐらいあった制作物が20種類になり15種類といった具合に減っていきました。

最初の広告代理店に勤めていた頃の鹿毛さん(鹿毛さん所蔵)

なんで減っているのかなと疑問に思っていたところ、とあるクライアントに「鹿毛さんこの間撮影したあの素材ちょっと貸してよ」と言われ、「何に使うんですか?」と訊くと、「ウェブサイトやインターネット広告のバナーの素材に使いたいんだよね」ということでした。私が在籍していた会社はインターネット広告やウェブサイトの制作を取り扱っていなかったので、予算がインターネット広告代理店などにシフトしていたんですね。

新聞や雑誌だけでなく、インターネットでの使用許諾もタレント事務所から一緒に取ってくれ、みたいな話が出てきて、肌感覚的にこのまま紙媒体のグラフィックの世界だけをやってるとどんどん市場が縮小していくなと感じました。これからの広告マンとして活躍するにはインターネット広告のことを知らないと絶対立ちいかなくなる、と直感的に感じました。

手探りだらけの検索連動型広告の運用

鹿毛:こうした背景があって、僕は2002年にインターネット専業広告代理店のオプトに転職し、ちょうど日本で始まったばかりのGoogleとOvertureの検索連動型広告を担当することになりました。

最初はわけがわからなくて、「で、撮影はいつですか?」「いや違う、この管理画面で広告配信を全部コントロールするから」「広告の管理画面って何ですか?」みたいな感じで全くイメージできませんでした。「なんで広告の表示回数のことを『インプレッション』って言うんだろう?」という基本的なところから始まって、「CPA」(Cost Per Acquisitionの略。「コンバージョン単価」)とかCVR(Conversion Rateの略。「コンバージョン率」)とか3文字の略語ばかりで最初はまったくわけがわかりませんでした(苦笑)。当時は今のように教科書もなければ教えてくれる人も誰もいないし、GoogleやOvertureの人に聞いても彼らは営業するのが仕事で運用はしたことがないのでわからないわけです。そんな手探りの中、僕は検索語句の魅力に取り憑かれていきました。

僕は社会人2、3年目の頃に、まだ広告代理店に在籍されていた佐藤可士和さんと一緒の部屋で仕事をしたことがありまして、勝手にお仕事の師匠の一人と思っているのですが、ある時可士和さんから「広告を作るときには、その広告を見る人がどんな悩み、痛み、期待、願望を抱えている人なのか、無意識のところまで目に見える形にしたうえで表現に落とし込むことが大事」と教えていただいたことがありました。

検索語句というのは、正にそれが結晶化したものじゃないかと。人々が抱えている不安や、なりたいこと、欲しいものが全部検索語句に出てきます。しかもそれらの組み合わせや、検索数という形で、どれくらいの量があるのかわかるわけです。検索語句って「可士和さんが言ってたあの話のことじゃない?」と思いました。前職の紙媒体の広告代理店とインターネット専業広告代理店のオプトでは分野はまったく違いましたが、検索語句をきっかけに世界が繋がっていったんです。検索語句は神の目だなと思いました。

予約型ディスプレイ広告の予算が検索連動型広告に大きくシフトする

鹿毛:当時は検索連動型広告なんて誰も運用したことないわけですから、もう全部手探りでしたね。お客様にも怒られて、「CPA(コンバージョン単価)が高いじゃないか、なんでコンバージョン数が伸びないんだ」などと散々怒られました。しかし、どのお客様も共通して費用対効果やコンバージョン数が伸びると喜ぶっぽいっていうのが段々わかってきて、簡単な数学的なロジックを組み、どこに手を入れると改善するのか、ロングとショートで試算できる仕組みを作ったんです。結果、実際に成果が出るようになったんです。

コンペでその話をすると連戦連勝できました。10何連勝したと思います。会社からも「この方法をみんなができるように教科書を作ってくれ」という話になり、後輩に教えたりしていたのですが、売上もお客様の数もどんどん増え、当時検索連動型広告の取扱高で業界No.1になりました。

検索連動型広告での勝ちパターンが確立していくに従い、自由に予算やクリック単価をコントロールでき、運用の上手い下手によって成果を高められる検索連動型広告に予算が寄せられていき、これまでインターネット広告の主役だったYahoo! JAPANのブランドパネルなどに代表される予約型ディスプレイ広告の予算が検索連動型広告に大きくシフトしていきました。

基本的に予約型ディスプレイ広告はCCIやDACなどのメディアレップが管理(第10話参照)しているわけですが、とある広告枠が「◯月◯日の昼12時からエントリー開始です」とメディアレップから案内されると、広告代理店の担当者は電話のダイヤルに指をかけてスタンバイして、12時になった瞬間に速攻で電話して「オプトの◯◯です」と言って広告枠を注文していきます。人気の広告枠ともなると当然競合の広告代理店も発注をかけるわけですから、時に喧嘩になるぐらい殺気立った競争でした。

検索連動型広告が登場する前までは、この予約型ディスプレイ広告を販売する部署がオプトの中で花形だったのですが、広告主の予算が検索連動型広告にシフトしていくに従い、次第にビジネスの重心も人員の配置も検索連動型の部署に移っていった記憶があります。

テレビCMとの連動で検索連動型広告で圧倒的な成果が出る

鹿毛:一方で、検索連動型広告に関してもある程度までいくとコンバージョン数が伸び悩むんです。CPAもある一定以上は下がらなくなります。これ以上どんなに自分が手を尽くして運用してもなかなか改善はできないのに、お客様からは「もっとたくさんコンバージョンを取ってくれ」と改善を求められます。

どうしたものかと思案している時に、とある教育系の大手広告主を担当することになりました。年末にニュースに取り上げられるような国民的なイベントをスポンサードし、認知や露出が高まった勢いで年始に一年の中で最大の商機を迎えてテレビCMをたくさん打つんです。検索連動型広告の成果も伸び悩んでいたので、ダメ元でこのテレビCMでどんなメッセージをお客様に出すのかを事前に教えてもらうように頼み、そのメッセージに合わせてテレビCM連動バージョンのキーワードや広告文を準備しました。年始に差し替えて配信を開始すると、サイト改善の成果もあり、コンバージョン数もCPAも、それまで手を尽くして改善してきた数字をあっさりと塗り替え、見たことがないレベルの成果が出ました。検索連動型広告だけじゃだめなんだっていうのがその時に骨身にしみて分かったんです。

検索連動型広告の売上は業界No.1になったものの、予約型ディスプレイ広告の伸びとは乖離があり、また会社としての発展と顧客へのベネフィット提供を両立させるべく、検索連動型広告と組み合わせて予約型ディスプレイ広告を販売していく道を会社としても模索していくことになり、データによる裏付けを伴う全体最適の道を模索していくことになりました。マクロな見方をすると、インターネット広告の第二幕が始まったと言えるような感じで、検索連動型広告がそれまでのインターネット広告の在り方を変えてしまったわけです。

ユーザーの行動に基づくディスプレイ広告は売れ続けていた

鹿毛:こうした流れで予約型ディスプレイ広告の価値を改めて見つめ直すことになったわけですが、「ビヘイビアル・ターゲティング」(英語の「Behavioral Targeting」)と呼ばれる、いわゆる行動ターゲティングの予約型ディスプレイ広告だけは当時よく売れていたんです。

「ビヘイビアル・ターゲティング」がどういう広告かと言うと、例えばYahoo! JAPANの中で、不動産のページを見た人に対してバナー広告を表示させるというものだったり、この連載でも度々登場した、特定の検索語句で検索した人に対してバナー広告を表示させる「サーチワード広告」など、ユーザーのウェブ上の行動に基づいた予約型ディスプレイ広告だけはコンスタントに売れ続けていたんです。

1997年1月のYahoo! JAPANで「ハワイ」と検索した時の検索結果に表示された「サーチワード広告」(第19話再掲)

出典:Internet Archive

予約型ディスプレイ広告の販売の鍵は「データ」にあるな、と思いました。もっと言うと、先ほどの教育系のお客様の事例のように、テレビCMも「データ」さえつながれば同じ指標で横並びに広告の効果の良し悪しを判断できるだろうと考えるようになりました。

多様な広告を同指標で比較するにはDoubleClickの「Cookie」が必要だった

鹿毛:当時のオプトは電通と業務提携※1をしていたので(2017年2月提携解消)、テレビCMとインターネット広告を横並びに評価するためのノーム値(マーケティングリサーチやビジネス分野で、同じ条件で繰り返し行われたアンケート調査のデータから算出される基準値のこと)を作ってくれと依頼されることもありました。一昔前には「バナー広告が10インプレッションだと、テレビCMの1回に該当するんじゃないか」といったことがよく言われていたのですが、僕はこうした換算方法に懐疑的でした。

※1:CNET Japan「電通とオプト、ネットマーケティング全般で業務・資本提携

バナー広告の小さな画像だけで商品の背景にある世界観を伝えるのは、はっきり言って無理だと思いました。テレビCMとバナー広告はまったくの別物で、得意なことも苦手なことも別々です。大豆100粒集めるとふかひれになりますか、みたいな話で、同列に扱うという考え方そのものに無理があると感じていました。当時の価値観として、テレビCMは上位でインターネット広告は下位互換するもの、という認識に基づく考え方だと思います。インターネット広告の文脈でのテレビCMの代替はコネクテッドTVの登場を待つことになるのですが、当時のバナー広告でもリマインドやサイト誘導の役割を果たすことができたわけで、いわばテレビCMと検索連動型広告の中継ぎを担う広告、という認識でした。

そこで、まずは検索連動型広告と予約型ディスプレイ広告を「データ」でつなぐことを考えました。そこで、DoubleClickのアドサーバー(第14話参照)、「DART for Advertisers」(以下DFA。現在の「Google Campaign Manager 360」)を使ってバナー広告を配信することにしました。つまり、DoubleClickのCookieやサーバーのログデータを使って予約型ディスプレイ広告と検索連動型広告を結びつけようとしたんです。
杓谷:アドサーバーについては第14話で紹介していますので、ご参考ください。

「アドサーバー」を活用したバナー広告の配信の概念図(第14話再掲)

鹿毛:DFAでは、クリック計測用のURLを発行することができ、これを予約型ディスプレイ広告と検索連動型広告のランディングページのURLに設定することで、予約型ディスプレイ広告、検索連動型広告を横断して何回クリックしてユーザーがコンバージョンしたかを計測できるようになります。

下の画像はGA4の「アトリビューションパス」レポートの画面ですが、これと同じような形でコンバージョンにいたるまでのクリックの経路を可視化することができました。こうしたデータを使って各広告媒体の予算配分の最適化に役立てていたんです。

Googleアナリティクスの「アトリビューションパス」レポート(筆者の管理サイトより)

また、予約型ディスプレイ広告のバナー画像の配信にDFAを使うことで、広告が配信される際にDoubleClickが発行するCookieをユーザーのブラウザに保存します。このCookieを活用してウェブサイトを横断してブラウザに何回広告が表示されたかという「フリークエンシー」や、広告を見た人がコンバージョンしたかを計測する「ビュースルーコンバージョン」が計測できるようになります。
杓谷:鹿毛さんが構築した計測の仕組みを図にまとめると下記のような形になりますね。

鹿毛さんが構築したシステムの概念図(鹿毛さんのお話に基づいて筆者が作成)

鹿毛:僕は、DoubleClickが提供するこれらの仕組みを利用して、各広告のコンバージョンへの貢献度を計測し、予算配分の最適化や予約型ディスプレイ広告の選定に利用するようになっていきました。今で言う「アトリビューション分析」や「Marketing Mix Model分析」のようなことをデータがつながる範囲で行っていたというわけです。

ダブルクリックジャパンとトランスコスモスが広告配信事業をGoogleに譲渡

鹿毛:こうしたDoubleClickの仕組みを活用した取り組みをしている中、2010年1月にダブルクリックジャパンが広告配信事業をGoogleに譲渡することを決定しました。

出典:Internet Watch「ダブルクリック日本法人、広告配信事業をGoogleに譲渡」(2010年1月26日付け)

その結果、欧米ではすでにサービスを開始していたリターゲティング広告や、オーディエンスターゲティング広告をGoogle AdWordsでも利用できるようになりました。そして、これが日本におけるプログラマティック広告の登場へとつながっていきました。

第40話に続きます。

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杓谷 匠

株式会社杓谷技術研究所 代表取締役。2008年に営業職の新卒一期生としてグーグル株式会社(現グーグル合同会社)に入社。以降、広告主、代理店、広告プラットフォームなど様々な立場で15年以上Google広告の営業、運用、コンサルティング業務に携わる。2019年にGoogleからの紹介を受け、Google Marketing Platform の大手リセラーとして知られる英国の広告代理店Jellyfishの日本法人立ち上げに参画した後、2023年より現職。『いちばんやさしい"はじめての"Google広告の教本』の著者の一人。

  1. 第54話(最終話):AIという前例なき時代に必要なのは「教育」ではなく「学び」である

  2. 第53話:インターネット広告の今後の行方はAIに「愛」が実装できるかが鍵に

  3. 第52話:2021年インターネット広告費がマスコミ四媒体(テレビ・新聞・雑誌・ラジオ)の広告費を追い抜く

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