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インターネット広告創世記

第22話:Yahoo! JAPANを舞台にスポンサードサーチとAdWordsのA/Bテストがスタート

杓谷技研というマーケティング支援会社の代表を務めております杓谷 匠(しゃくや たくみ)と申します。この記事では、アタラ株式会社会長の佐藤康夫さんのご協力のもと、2024年9月5日(木)に連載を開始した「インターネット広告創世記 ~Googleが与えたインパクトから発展史を読み解く〜」の第22話をお届けします。なお、本連載は、株式会社インプレスが運営するWeb担当者Forumでも同時に公開しています。

前回の記事はこちらです。

杓谷:前回までのお話では、Google AdWords(以下AdWords)が2002年9月にサービス開始を発表し、同年12月にOvertureが「スポンサードサーチ」を本格的にサービスを開始したところまでをお話しました。そして、この発表の時点では2社ともにYahoo! JAPANと提携の交渉の真っ最中だったわけですね。

佐藤:この時点で、検索連動型広告のシステムとしての実績は、米国ではOvertureの方が大きかったので、AdWordsはその劣勢をひっくり返していく必要がありました。

「スポンサードサーチ」と「AdWords」のA/Bテストがスタート

佐藤:Yahoo! JAPANは、2001年に検索エンジンのシステムにGoogleを採用していましたが、検索連動型広告のシステムとしては米Yahoo!がすでにOvertureのスポンサードサーチを採用していた関係で、Yahoo! JAPANもOvertureを採用することがほぼ決まりかけていたと記憶しています。そこで、Google本社からオーミッド・コーデスタニが来日し、当時Yahoo! JAPANの代表取締役社長を務めていた井上雅博さんと直接会談をして交渉をすることになりました。

2000年の第1四半期決算発表説明会に登壇するYahoo! JAPANの井上雅博社長

出典:Internet Watch「ヤフーとPIMの合併を正式に発表~第1四半期決算説明会で」(2000年7月14日付け)

佐藤:ほぼ決まりかけていた意思決定をひっくり返す必要があったので、必然的にYahoo! JAPAN側からの要求はとても厳しいものがありました。会談を終えて次の取引先に向かう途中、日本オフィスの当事者全員で「さすがに止めた方がいいんじゃない?」とオーミッドに言いました。すると、「何言ってんだよ。まだ何も始まってないじゃないか!」といった感じでとてもポジティブな返事が返ってきたので、僕も「考えてみれば、まあそりゃそうだよな」と思い直しました。アメリカ人ってこういうところが凄いなと思って今でも印象に残っています。というのも、交渉が普通の日本人では少し怖気づいてしまうようなスケールの話だったんです。

この交渉の結果、井上社長はYahoo! JAPANの検索エンジンのトラフィックを半分に分けて、50%にOvertureを、残りの50%にAdWordsを割り振って、A/Bテストをすることが決まりました。当時はこうしたA/Bテストを行うことは誰もやっていなかったのでとても新鮮に見えました。ましてやこの規模のA/Bテストというと、世界的にも初めてだったのではないでしょうか。シンプルにYahoo! JAPANの売上に多く貢献した方を採用するということで、OvertureとGoogleの熾烈な競争が始まることになりました。

僕はオーミッドに「Yahoo! JAPANは日本では一体どんな存在なんだ?」と聞かれて「日本ではインターネットユーザーの8割強にリーチしていて、Yahoo! JAPAN≒インターネットです」と答えたのですが、まさに日本のインターネットのトラフィックを二分する壮大なA/BテストがYahoo! JAPANを舞台に始まったんです。検索結果に「スポンサーサイト」という場所を作り、スポンサードサーチとAdWordsのどちらかが表示されることになりました。

ヤフー、オーバーチュアおよびGoogleと提携(2002/11/18)https://internet.watch.impress.co.jp/www/article/2002/1118/yahoor.htm

2003年1月のYahoo! JAPANで「クレジットカード」で検索された時に表示された「スポンサーサイト」

出典:Internet Archive

スポンサードサーチとAdWordsの主な違い

杓谷:ここで、OvertureのスポンサードサーチとGoogleのAdWordsの主な違いについて整理しておきたいと思います。同じ検索連動型広告を提供するサービスでも、掲載順位の決定方法、決済方法、営業体制などに特徴的な違いがあります。A/Bテストの過程で、これらの違いがどのような影響を与えていくかを読者の皆様と一緒に見ていきたいと思います。

Overture スポンサードサーチGoogle AdWords
Yahoo! JAPANの検索シェア約60%
Yahoo! JAPANのトラフィック50%50%
主要提携サイトMSN、goo、Lycos Japan、Infoseek Japan(検索シェア:約20%)Google、Excite、BIGLOBE(検索シェア:約20%)
営業体制約50名2名+サポート数名
お見積り初期設定Overtureの営業が担当完全セルフサーブ方式(広告主または広告代理店が設定)
お支払い方法請求書払いクレジットカード払い
掲載順位の仕組み純粋なオークション(上限入札価格が高い順)広告ランク(上限入札価格 ✕ 品質スコア)※品質スコア≒クリック率
課金方法クリックごとに課金(Pay Per Click)クリックごとに課金(Pay Per Click)
最低入札価格35円30円

杓谷:インターネット広告史において重要なポイントとしては、インプレッションやクリックを保証しない広告が登場した、という点です。これまでの連載で登場した「インプレッション保証型広告」は、インプレッションが規定の数に達した時点での課金。「クリック保証型広告」はクリックが規定の回数に達した時点での課金でした。

一方で、スポンサードサーチやAdWordsの広告は「Pay Per Click」を略して「PPC」と呼ばれる形式で、課金はクリックごとに発生し、月末に合計金額を支払うといった形式でした。

これまで1990年代のインターネット広告はインプレッション、クリック、掲載期間などを保証して広告を販売する方法が一般的でした。また、価格が変動する広告という点も新しく、実際のクリック単価はオークションが行われる度に決まるという仕組みは当時としてはかなり斬新だったのではないでしょうか。

現在の広告用語では、メディアレップ編を通じて見てきた1990年代のバナー広告のように、あらかじめ広告枠や掲載位置を指定して広告を買い付ける広告のことを「予約型広告」と呼びます。一方で、OvertureとAdWordsは広告主や広告代理店が入札価格や広告出稿をコントロールし続けるため「運用型広告」と呼ばれます。この2社の登場によって、インターネット広告に本格的に「運用型広告」がもたらされました。

そして、2025年現在のインターネット広告は、この「運用型広告」が85%以上(*1)の市場規模となっていて、インターネット広告の出稿の一般的なスタイルになるまでに至っています。

*1 – 出典:電通ウェブサイト「2024年 日本の広告費 インターネット広告媒体費 詳細分析」

広告の掲載順位を決める仕組みの違い

杉原:ここで、スポンサードサーチとAdWordsの掲載順位、課金額の算出方法の違いについて重要なポイントをご紹介しておきたいと思います。

杉原:Overtureのスポンサードサーチでは、ひとつの検索語句に対して複数の広告が表示された場合、「上限入札単価」が高い順に広告が掲載される仕組みでした。実際の課金金額は、自分より一つ下の順位の入札金額によって決定する「セカンドプライスオークション」を採用していたので、広告がクリックされると一つ下の順位の入札金額に+1円を足した金額が広告主に課金される仕組みでした。

Overtureの広告掲載順位と課金額を決める仕組み

広告主上限入札単価実際の課金額実際の課金額
A社200円171円
B社70円261円
C社60円341円
D社40円45位の入札額+1円

佐藤:AdWordsはOvertureと違い、「上限入札単価」×「品質スコア」(現「広告の品質」)で算出される「広告ランク」の数値が大きい順番に広告を掲載していました。

下の表のように、仮に、Overtureの表のA、B、C、D社の品質スコアが4、3、5、10で、各社の上限入札価格が変わらなかった場合、広告は下記のような順番で掲載されます。

AdWordsの掲載順位と課金額を決める仕組み

広告主上限入札単価品質スコア広告ランク掲載順位実際の課金額
A社200円48001101円
D社40円10400231円
C社60円5300343円
B社70円321045位の広告ランク÷品質スコア+1円

佐藤:今でこそ「品質スコア」はデバイス、ランディングページの利便性、曜日、時間帯、位置情報など様々な要素を考慮して算出されますが、この時点では広告の「クリック率」を最も重要な要素としていました。したがって、「品質スコア」≒「クリック率」と考えていただいて差し支えありません。

AdWordsもスポンサードサーチと同様にセカンドプライスオークションを採用していたのですが、広告ランクの場合は、「自分のひとつ下の順位の広告の広告ランク」÷「自分の品質スコア」+1円が実際の課金額となります。

ここで注目していただきたいのは、AdWordsの場合は、必ずしも上限入札単価を高く設定した会社の広告が上位に掲載されるわけではないことです。上の表で、D社はB、C社よりも上限入札価格が低いのですが、品質スコアが10と高いため、掲載順位が高く、実際に課金される金額を低く抑えることができています。

Googleとしては、広告自体もユーザーにとって有益な情報であると考えていたため、クリック率を取り入れてユーザーにとって最適な広告を表示させるための仕組みを検索連動型広告に組み込んだわけです。

逆に言えば、上限入札価格を高く設定したとしても、品質スコアが低ければ掲載順位が低くなり、広告が表示されなくなる可能性もあるという仕組みでもあります。広告とは、お金を払って掲載を確保することが原理原則ですから、当時の広告業界の商習慣としてはかなり異質な仕組みでした。Overtureのようにシンプルなオークションの仕組みの方が広告代理店としても管理がしやすかったので、AdWordsの仕組みは広告代理店からの評判が悪かったですね。

いかに広告代理店を巻き込めるかが勝負の鍵に

佐藤:Yahoo! JAPANをはじめ、パートナーとなるポータルサイトは、スポンサードサーチ、AdWordsの双方が新しいサービスで広告主が少ない状況だったので、広告代理店が売ってくれるかどうかをとても気にしていました。そのため、広告代理店がたくさん売ってくれる体制を作ることがとても重要でした。

杉原:Overtureでは、日本法人社長の鈴木茂人さんが中心になって、最初から広告代理店を巻き込むことを念頭に体制作りを進めていました。

広告を表示させるキーワードの登録や、入札価格、広告文などの初期設定はOvertureの社員が行っていました。営業担当が広告主や広告代理店から提案依頼書をもらって、広告をクリックした時に遷移するランディングページのURLなどを受け取ります。

その提案依頼書を基に、「エディトリアルチーム」というチームがランディングページの内容を見て、キーワードを150~300個ほど選定し、サンプルの広告文を一つつけて、おおよその月額の予算とともに広告主にお見積り書を提出していました。クリック単価は35円が最低入札価格で、掲載順位の1~5位の平均クリック率やクリック単価はこのくらいなので、必要なご予算のベースラインはこれです、といった形で見積りを作って提案していました。

下の画像は、スポンサードサーチの広告の管理画面「DirecTraffic Center」です。当時の管理画面では上位5社の入札価格が見えたんです。

Overtureの管理画面「DirecTraffic Center」

出典:アタラ株式会社運営Unyoo.jp「運用型広告上陸20周年記念 鼎談 第2部:大きく異なるオーバーチュアとアドワーズ広告、Yahoo! JAPANを巡る攻防」(2022年12月15日付け)

杓谷:2005年のスポンサードサーチの管理画面「DirecTraffic Center」の使い方を解説するパンフレットが残されていました。

杉原:僕は、Overtureの広告が出て、売上が発生する最初の日のことをよく覚えています。僕はセールスプランニングという役職だったので、売上のデータベースを見ることができたのですが、「日の売上〜円超えたよ!」と社内に伝えると「わー!大入り袋だ!」みたいな感じでみんな喜んでいましたね。もちろん、今の市場規模から考えるとかなり小さい金額ですが、何もしなくても自然と売上が上がってくるOvertureの仕組みは凄いなって改めて思いましたね。

佐藤:AdWordsは、今のGoogle広告と同じ完全セルフサーブ型のオペレーションで、キーワードの設定から広告文の作成、入札価格の設定はすべて自分でやってください、という考え方でした。

AdWordsの管理画面

出典:INTERNET Watch 「Google、オークション型広告「アドワーズ広告」を本格開始~落札価格×クリック率で掲載順位が決定」(2002年9月18日付)

佐藤:サービス開始当初は営業が人手をかけてしっかり管理してくれるOvertureにかなり差をつけられてしまっていましたね。Googleは、第19話で紹介した「プレミアム・スポンサーシップ広告」の営業に人員を割く必要があったので、AdWordsは実質的には僕とサポート担当数名の体制でしたし、かけられる人員の数がそもそも違いました。

AdWordsは、キーワードの設定や広告文の入稿作業などを広告代理店がすべて行わなくてはいけなかったので、広告代理店受けはとても悪かったですね。そのため、どうにかして広告代理店側にAdWordsを売ってもらう仕組みを考えなければいけないと考えていました。

二分した広告代理店の反応

佐藤:AdWordsはクレジットカード払いしかなかったので、広告代理店には請求書払いにしてくれと本社に頼み込み、ようやく納得してもらったうえで広告代理店への営業を始めました。しかし、大手総合広告代理店の反応はまったく芳しくありませんでした。

とある大手総合代理店に説明しに行った時は、「広告の運用は我々がやらなきゃいけないの?」といった冷めた反応でした。自動車メーカーの会社名を検索した時の検索結果に、その会社のロゴが壁紙全体に散りばめられたデザイン案を見せてきて、「こういうのをやらなきゃだめだよ。あなた達がやろうとしていることは日本の広告主には受け入れられない。」といったことを延々と1、2時間話されてしまいました。別の大手総合代理店でも30名くらい集まって説明を聞くには聞くのですが質問はまったくなく、「お帰りはこちらです」といったような冷めた反応でした。

僕は大手総合広告代理店の立場もよく知っていたので、こうした反応になることは想定の範囲内でしたが、改めて当時の広告業界の思惑とAdWordsの方向性の違いが鮮明になりました。

その後訪問したインターネット専業広告代理店のアイレップの反応はとても対照的でした。大手総合代理店に説明した内容と同じ内容を説明すると、10人くらいが出席してここぞとばかりに「Google.comの日本語版とGoogle.co.jpはどう違うんですか?」といった細かい質問をたくさんしてきて、とても熱意があり好感を持ちました。AdWordsはインターネット専業広告代理店が中心となって広がっていくだろうという確信を得ましたね。

Overtureが仕掛けた「マネージメントフィー」制度の導入

杉原:広告代理店を巻き込む、という意味でとても大きかったのが鈴木茂人社長が考案した「マネージメントフィー」制度の導入です。この制度が導入されたことが、広告代理店がOvertureを、そして検索連動型広告を販売していく大きなきっかけとなりました。

佐藤:「マネージメントフィー」と同様の制度は後にAdWordsも導入することになり、今の運用型広告の商習慣の基礎にもなっていますので、次の話で具体的に紹介して行きたいと思います。

第23話に続きます。

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杓谷 匠

株式会社杓谷技術研究所 代表取締役。2008年に営業職の新卒一期生としてグーグル株式会社(現グーグル合同会社)に入社。以降、広告主、代理店、広告プラットフォームなど様々な立場で15年以上Google広告の営業、運用、コンサルティング業務に携わる。2019年にGoogleからの紹介を受け、Google Marketing Platform の大手リセラーとして知られる英国の広告代理店Jellyfishの日本法人立ち上げに参画した後、2023年より現職。『いちばんやさしい"はじめての"Google広告の教本』の著者の一人。

  1. 第54話(最終話):AIという前例なき時代に必要なのは「教育」ではなく「学び」である

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