杓谷技研というマーケティング支援会社の代表を務めております杓谷 匠(しゃくや たくみ)と申します。この記事では、アタラ株式会社会長の佐藤康夫さんのご協力のもと、2024年9月5日(木)に連載を開始した「インターネット広告創世記 ~Googleが与えたインパクトから発展史を読み解く〜」の第52話をお届けします。なお、本連載は、株式会社インプレスが運営するWeb担当者Forumでも同時に公開しています。
前回の記事はこちらです。
杓谷:前回のお話では、AdRollとGoogleの「来店コンバージョン」を例に、インターネット広告に購買データや位置情報が紐づき始めたことを紹介しました。ブラウザの閲覧履歴以上に深いデータが広告に利用され始めたことで、プライバシーの懸念が高まったところまでお話しました。
佐藤:プライバシーの懸念は2018年5月に施行された欧州のデータ保護法GDPRにつながりました。その結果、Googleは自社のドメインの広告、とりわけYouTube広告に投資を集中することになりました。並行してコネクテッドTVの普及が進み、コロナ禍の影響も後押しする形となり、2021年にインターネット広告費がテレビ・新聞・雑誌・ラジオのいわゆるマスコミ四媒体の広告費を上回る結果になりました。
検索広告とYouTube以外のアップデート情報が少なくなってきた
杓谷:私は2016年夏にGoogleを退職し、佐藤さんが会長を務め、第21話からOvertureの語り部を務めていただいた杉原剛さんが代表を務めるアタラ合同会社(現アタラ株式会社。以下アタラ)に転職しました。アタラでは、インターネット広告に関連するウェブメディア「Unyoo.jp」を運営していて、私もその執筆陣の1人となり、主にGoogleの広告製品に関する記事を執筆するようになりました。
Googleは、年に一度Googleの広告製品に関する最新のアップデートや開発方針を発表する「Google Marketing Live」と呼ばれるグローバルイベントを開催しています。私はこの「Google Marketing Live」が「Google Performance Summit」と呼ばれていた2013年からこのイベントを見続けていて、Google在籍時代の2015年、2016年の回はお客様を連れて米国のGoogle本社でイベントを見届けたこともありました。アタラに転職した2016年以降はこのイベントに関する記事の執筆を私が担当することになりました。

日本時間深夜に行われるイベントをオンラインでリアルタイムで見守りながら、発表内容を最速で記事にまとめてUnyoo.jpで公開するわけですが、徹夜の甲斐もあっておかげさまで業界内の多くの人にお読みいただき、現地に行った日本人の参加者から「おかげで出張レポートを作る手間が省けました」というありがたいお言葉もいただきました(笑)。
2013年以降毎年検索広告、ディスプレイ広告、動画広告など、あらゆる分野のプロダクトアップデートがこれでもかと言うほどあったのですが、2017年頃から徐々に発表内容が検索広告とYouTubeの広告に偏りはじめ、特にディスプレイ広告に関するアップデートが少なくなってきたことを感じていました。海外の友人を含めた様々な伝手で原因を探ってみると、どうやらヨーロッパで大きな法律の改正の動きがあるらしいということでした。それが、2018年5月にEU(欧州連合)で施行されたGDPR(General Data Protection Regulation:一般データ保護規則)でした。

GDPRの原文
出典:Europian Union Official Website「Regulation – 2016/679 – EN – gdpr – EUR-Lex」
2018年5月GDPR施行
杓谷:GDPRは、EU域内の個人データ保護に関する包括的な法令で、Cookieが個人データとして定義されました。Cookieを利用するには「明示的な同意」が義務付けられ、現在EUのウェブサイトを訪問した際にCookieの利用に関する同意の有無をヒヤリングする「同意管理プラットフォーム」のバナーが表示されるのはこのためです。
GDPRは、EU域内の個人(居住者・滞在者)に関連する商品やサービスの提供、または行動の監視を行う世界中の企業に適用され、日本のウェブサイトや日本の企業も対象となり得ます。また、違反した場合には最大で全世界の年間売上高の4%または2,000万ユーロ(約32億円)のいずれか高い方が制裁金として科される可能性があり、極めて厳しい罰則があるのも特徴のひとつです。
これまでGoogleは、2007年のDoubleClickの買収以降、特にディスプレイ広告の領域においてCookieを使った広告配信技術を進化させてきました。その最たる例が第40話でご紹介したプログラマティック広告(DSP・SSP・DMP)です。この時点ではCookieに紐づけられたデータは主にウェブサイトの閲覧履歴だけでしたが、Criteoの登場を契機に商品情報が紐づき、さらには第51話で紹介したように商品の購買履歴や位置情報までが紐づき始め、プライバシーの懸念が高まっていました。これに待ったをかけたのがこのGDPRだったというわけです。
このGDPRの施行を皮切りに世界中で個人データの保護を強化する法律が施行され、日本でも2022年に改正個人情報保護法が施行されました。
2018年DoubleClick製品群をGoogle Marketing Platformに改称
杓谷:この2018年5月のGDPRの施行から約2カ月後に行われた「Google Marketing Live 2018」で、Google AdWordsが「Google広告」に改称されることが発表されました。

出典:The Keyword「Introducing simpler brands and solutions for advertisers and publishers」(2018年6月27日付け)
同時に、「DoubleClick Bid Manager」(GoogleのDSP)をはじめとするDoubleClick製品群とGoogleアナリティクスが統合され、「Google Marketing Platform」という名称に改称されることも発表されました。

Google Marketing Platformの製品群
出典:Google Marketing Platform 公式ブロク「Introducing Google Marketing Platform」(2018年6月27日付け)
AdWordsは、米国で2001年にサービスを開始して以来、検索エンジンに打ち込まれた検索語句や、ウェブサイトの文言など、言葉(=Words)をターゲティングすることによって発展してきたわけですが、17年の時を経て、Cookieを使ったオーディエンスターゲティングや、YouTubeの動画広告など、広告の配信ネットワーク、配信手法がが多岐に渡るため、もはやAdWordsという名称がサービスの内容を表していない、ということが表向きの理由でした。
ただ、なぜサービスの性格が異なるDoubleClickの製品群とGoogleアナリティクスが同じGoogle Marketing Platformという名称で括られるようになったかについての理由は、ブランド名称の統一以上の発表はなかったように記憶しています。これはあくまでも個人的な推測ではありますが、GDPRに端を発するその後のブラウザのCookie規制から判断すると、このタイミングでDoubleClickという名称を消したかったのではないかと思います。
Google ChromeとApple SafariのCookie規制
杓谷:GDPRの施行から約1年前の2017年9月、Appleはユーザーのプライバシーの保護を目的に「Intelligent Tracking Prevention」というCookieの規制を始めました。AppleのSafariブラウザにおいて、ユーザーの最後のサイト操作から24時間後にサードパーティーCookieを無効化し、30日後に完全に削除することになりました。その後2018年9月にITP2.0が開始されたことに伴い、サードパーティーCookieは完全に削除されました。
サードパーティーCookieとは、訪問したウェブサイトとは異なるドメインから発行されたCookieのことを指します。ウェブサイトの閲覧履歴を元にユーザーの興味・関心に沿った広告を配信するオーディエンスターゲティングと呼ばれるGoogleのターゲティング手法は、DoubleClickドメインから発行されたサードパーティーCookieを利用していました。これはあくまでも私の穿った見方かもしれませんが、前述のDoubleClick製品の名称変更は、GDPRを契機にDoubleClickのCookieへの注目度が高まることを見越して、GoogleとDoubleClickのブランドを分離しておきたかった、という側面もあったのではないかと思います。

Google Chromeに保存されたDoubleclickのcookie(筆者のChromeブラウザより)
一方のGoogleは、サードパーティーCookieに依存せず、ユーザーのプライバシーを保護しながら、Webサイト運営者や広告主がビジネスを継続できる新しい技術標準を開発する「プライバシーサンドボックス」と呼ばれるプロジェクトを開始しました。
サードパーティーCookieを削除すると、ユーザーのプライバシーは保たれる一方で、ユーザーの興味・関心に沿った広告が表示できなくなります。結果的に広告のクリック率が低くなり、広告枠を提供するパブリッシャーの広告収益が下がります。パブリッシャーの収益が下がると、品質の高いコンテンツやサービスを無料でユーザーに提供することが難しくなり、最終的にユーザーのデメリットにつながります。そのため、サードパーティーCookieを代替する技術を開発する方針を取ったわけです。
Googleは、2020年にChromeでサードパーティーCookieを2022年までに段階的に削除する予定でしたが、3回の廃止の延期を経て現在に至ります。2025年10月に発表された最新の情報では、プライバシーサンドボックスで開発された代替技術の開発と普及が進まないことを理由に、訪問したウェブサイトでのみサードパーティーCookieの利用を継続するという「パーティションCookie」という方針を取ることになりました。
このように、DoubleClickの技術を引き継いだ、広告の配信と収益化に欠かせないサードパーティーCookieを巡る課題が生じたことで、Googleは自社のドメイン上の広告プラットフォーム、とりわけYouTubeの広告への投資を加速させていくことになりました。
コネクテッドTVの普及
杓谷:こうしたGoogle側の動きと並行して、テレビ視聴の体験そのものを根本から変える技術革新が進みました。それが「コネクテッドTV」の普及です。コネクテッドTVとは、インターネットに接続された大画面テレビ端末(スマートテレビ、ストリーミングデバイスなど)を通じて、YouTube、Netflix、Amazon Prime、TVerなどのストリーミングサービスが視聴できる環境が備わったテレビのことを指します。このコネクテッドTVの普及が2018年頃を境に急速に普及していきました。

東京50km圏内の男女12~69歳のテレビ端末のネット結線率の推移(ビデオリサーチ ACR/ex (2015年~2025年(4月~6月)東京50km圏)より)
出典:VR Digest+ by ビデオリサーチ「『コネクテッドTV(CTV)とは?』今さら聞けない!基本の『キ』」(2025年9月3日更新)
スマートフォンが日本で登場し始めた2008年頃、Androidの生みの親であるアンディ・ルービンがとあるインタビューで「Androidはスマートフォンから始まるが、カーナビや飛行機の機内モニター、テレビなど、今後あらゆるディスプレイに搭載されていくだろう」といった主旨の発言をしていたことを覚えています。その証拠に、2010年にはSONYが「Google TV」プラットフォームを採用した世界初の「Sony Internet TV」を発売しています。2018年頃からのコネクテッドTVの急速な普及を迎えるまで、約10年の時を経てこの時のビジョンが現実化したことになります。テレビは従来の「放送を見るもの」から「インターネット動画を視聴するホームエンターテイメントハブ」へと役割が変化していきました。

出典:Internet Watch「『Google TV』2010年秋に米国で発売、IntelやSonyなどが提携」(2010年5月21日付け)
2021年インターネット広告がマスコミ四媒体を追い抜く
杓谷:こうしたGoogle側が自社ドメインの広告製品、とりわけYouTubeに投資を集中せざるを得ない状況と、コネクテッドTVの普及が後押しをして、2018年に電通の『日本の広告費』においてインターネット広告費1兆7,589億円に対してテレビ広告費が1兆9,123億円と肉薄しました。業界内ではいよいよ来年インターネット広告費がテレビ広告費を上回るのではないかというムードが高まりました。
そして翌2019年の『日本の広告費』において、インターネット広告費が初めて2兆円の大台を越える2兆1,048億円を記録したのに対し、テレビ広告費が1兆8,612億円という結果となり、インターネット広告費が初めてテレビ広告費を上回る形になりました。長らく「広告の王様」として君臨してきたテレビが、その座をインターネット広告に明け渡したことになります。

「テレビメディア広告費」と「インターネット広告費」の推移
出典:ネットショップ担当者Forum「【2019年の広告費】ネット広告は2兆円突破でテレビ広告費超え、ECプラットフォーム広告は1064億円」(2020年3月17日付け)
その後、コロナ禍の影響で2020年4月には緊急事態宣言が発出されるなど、外出自粛や休業要請が本格化し、人々がインターネットに接する時間が大幅に増加しました。こうしたパンデミックの影響がインターネット広告費のさらなる成長を後押しする形となり、2021年にはついにテレビ、新聞、雑誌、ラジオのマスコミ四媒体を追い抜く形となりました。
- インターネット広告費:2兆7,052億円
- マスメディア4媒体合計:2兆4,538億円
- テレビ:1兆8,393億円
- 新聞広告費:3,815億円
- 雑誌広告費:1,224億円
- ラジオ広告費:1,106億円

媒体別広告費(2019年~2021年)
出典:Internet Watch「2021年のインターネット広告費、新聞+雑誌+ラジオ+テレビを抜いて2.7兆円に~電通調べ」(2022年3月2日付け)
佐藤:インターネット広告費の調査が始まった1996年にはわずか16億円だった市場規模が、27年目で1690倍の2兆7,052億円まで成長したわけですから、始まりを知る身としてはこのニュースにはとても感慨深いものがありました。もちろんこの市場規模のすべてがGoogleによるものではありませんが、これまでの連載で見てきたように、インターネット広告の市場規模の拡大を牽引してきたのはGoogleであることは間違いないと思います。
2021年3月のGoogleの発表によれば、日本でYouTubeをテレビ画面で視聴する人は2000万人を越えたそうです。2006年の「ザイトガイスト ‘06」でGoogleによるYouTubeの買収のニュースに立ち合い、海賊版と揶揄されて広告主に敬遠されていたYouTubeがここまで大きく成長したことには万感の思いがあります。

YouTubeのここまでの成長を牽引したのは、Googleの創業者のラリー・ペイジとサーゲイ・ブリンに自宅のガレージを貸した人物としても知られるYouTubeのCEOのスーザン・ウォジスキのリーダーシップがあったことは間違いありません。彼女は2023年2月に家族との時間の確保と健康上の理由でYouTubeのCEOを退任しましたが、2024年8月に肺がんで56歳という若さで亡くなったことが本当に残念でなりません。

YouTubeのCEOを務めたスーザン・ウォジスキ
出典:Susan Wojcicki (29393944130) (cropped).jpg is under CC BY 2.0
また、2019年12月にはGoogleの創業者であるラリー・ペイジとサーゲイ・ブリンが、それぞれGoogleの親会社であるAlphabet(アルファベット)のCEOと社長を退任しています。創業者が第一線を退いたことで、Googleとインターネット広告は次のステージに向かっていると言えるでしょう。

Google創業者のラリー・ペイジ(右)とサーゲイ・ブリン(左)
出典:Schmidt-Brin-Page-20080520 (cropped).jpg is under CC BY 2.0
第53話に続きます。