杓谷技研というマーケティング支援会社の代表を務めております杓谷 匠(しゃくや たくみ)と申します。この記事では、アタラ株式会社会長の佐藤康夫さんのご協力のもと、2024年9月5日(木)に連載を開始した「インターネット広告創世記 ~Googleが与えたインパクトから発展史を読み解く〜」の第47話をお届けします。なお、本連載は、株式会社インプレスが運営するWeb担当者Forumでも同時に公開しています。
前回の記事はこちらです。
杓谷:前回のお話では、TwitterとFacebookの台頭によってYouTubeへの流入経路が変わり、YouTubeの広告のあり方が変化したことを紹介しました。また、Twitterが始めた「ネット取引」によって1990年代〜2000年代を通じて続いてきた商習慣に変化が出てきたことを紹介しました。
佐藤:インターネット広告にGoogleが与えたインパクトという観点からいくと、AdWordsの登場の次に大きかったのはAndroid、スマートフォンの普及だったと思います。Googleでモバイル広告を推進したご経験を持つ香村竜一郎さんと、菅野圭介さんにお話を伺うと良いと思います。
佐藤:AdWordsがサービスを開始して間もない2003年頃のことだったと思うのですが、マリッサー・メイヤーが10名程度のPM(Product Manager)を連れて来日した際に「日本のAdWordsの代理店に会いたい」と言われたので、当時積極的にAdWordsを販売してくださっていたアイレップ(現Hakuhodo DY ONE)に打診して会食を設定しました。

Googleの元Vice President(検索製品およびユーザーエクスペリエンス担当)を務めたマリッサ・メイヤー。後に米Yahoo!のCEOを務める。出典:Marissa Mayer, 2011 Interview (crop).jpg is under CC BY-SA 3.0
約7人ほどのメンバーが参加してくださったのですが、その中の一人として香村さんと出会いました。彼が英語が堪能だったおかげで会食が随分盛り上がりました。会場は渋谷の豆腐料理中心のお店だったのですが、マリッサをはじめ、来日したメンバーは豆腐を食べるのが初めてだったのか、すっかり気に入ってしまいました(笑)。
香村:はじめまして、現在Drivemodeの日本法人代表を務めております香村竜一郎と申します。2005年にアイレップからGoogleに移籍し、携帯電話からスマートフォンへの移行期にモバイル広告に携わりました。
香村:あの会は楽しかったですね。彼女たちが先に回っていた他の代理店はみんなスーツを着ていたようなのですが、我々はスーツを着ていなかったので「なんでスーツを着てないの?」なんて聞かれたりしましたね。
佐藤さんとの最初の出会いからしばらく経った2005年にご縁があってGoogleに入社することになりました。当時の広告代理店にはOverture派の代理店とGoogle派の代理店がいて、Yahoo! JAPANに広告を配信できるOverture派の代理店の方が多かったんです。周りの人からは「何でGoogleを選ぶの?」と不思議がられました。
ただ、Overtureは広告の配信技術に特化していたのに対し、Googleは検索エンジンの技術はもちろんのこと、当時は招待制のGmailが出たばかりでその技術力に驚きました。当時のGoogleの営業の方にお願いしてすぐに招待してもらいましたね。「これからすごい面白いことをするんだろうな」とGoogleに惚れ込んでいましたね。
携帯電話向けのGoogle検索のAdWordsを担当することに
香村:私がGoogleに入社した時点では営業組織も10人未満という規模だったのですが、最初は営業企画的な役割を担当してお客様を業種ごとに分類して利用状況を分析できるような営業資料を作成したりしていたのですが、携帯電話(ガラケー)用のGoogle検索があり、ドコモやKDDIなどの通信キャリアとの提携を見据えて携帯電話向けのAdWordsの検索連動型広告の営業を担当していくことになりました。これが私のモバイルとの関わりの始まりでした。
携帯電話向けのGoogle検索はほぼ日本にしかないと言っていい状況だったので、携帯電話に表示されたAdWordsの広告のサンプルをスクリーンショットで撮ってグローバルカンファレンスでプレゼンをしたら、みんなから「携帯電話に検索広告が出てる! すごい!」「携帯電話で検索ってするの?」と質問攻めに合いました。

Google AdWords(現Google広告)の携帯電話用の検索連動型広告の作成画面(第37話再掲)
出典:アタラ株式会社『インターネット広告の歴史と未来』
その後、第34話でも紹介されていましたが、2006年5月にauの「EZweb」、2008年1月にドコモの「i-mode」にGoogleの検索エンジンと検索連動型広告が採用され、検索数も売上も飛躍的に増えていきました。広告主としては、移動中に検索できるということで、賃貸物件を紹介している地元に根ざした不動産事業者や、証券会社などのお客様のご利用が多かったと記憶しています。
2007年か2008年頃のことだったと思うのですが、通信キャリアとの提携で検索数も売上も大きく成長している時に、当時マウンテンビューの本社で技術的なサポートをしてくれていた同僚が嬉しそうに「僕は明日からAndroidのチームに行くんだ!」と言ってきました。「一緒にモバイルの歴史を作ろう!」と語り合った同僚がチームから抜けていくわけなので、少し梯子を外された感じもしましたが、それ以上に彼がとてもワクワクしている様子を見て、「そんなにAndroidはすごいんだ」という印象が強く残りました。その後、彼からAndroidの様子を聞くたびに「本当にPCがポケットに入る時代がくるんだ」とワクワクしましたね。
マウンテンビューの本社を訪問するたびに新しいサービスが発表されて、2、3ヶ月後にまた行くと社内の雰囲気もそこからさらにガラッと変わっていたりして、刺激的でしたね。こうした機会をくださった佐藤さんに本当に感謝しています。
携帯電話の”モバイル”からスマートフォンの”モバイル”へ
香村:2010年頃に、グローバルでスマートフォンに特化したモバイルチームが立ち上がりました。それまでモバイルと言えば日本の携帯電話のことを指していたのですが、この時期からモバイルはスマートフォンのことを指すようになりました。このチームの日本の担当者を探している際に、以前日本オフィスで働いていた同僚が推薦してくれた関係で、モバイルチームに移籍することになりました。グローバル全体でスマートフォンの成長が加速していた時期だったのですが、それでもまだ日本の携帯電話の売上の方が大きかったと記憶しています。
この前年の2009年11月にGoogleはモバイルアプリ内のアドネットワーク「AdMob」の買収の発表をしていて、2010年5月に米連邦取引委員会(FTC)による承認を経て買収が完了していた頃でした。スマートフォン経由の広告の売上というと、検索連動型広告に関しては着実に成長していくだろうという見込みが立っていたので、AdMobの売上を拡大していくのが大きなミッションでした。

出典:Internet Watch「米Google、携帯電話向けディスプレイ広告の米AdMobを買収」(2009年11月10日付け)
買収完了後、元々AdMobにいたメンバーもこのモバイルチームに編入されたのですが、最初はどこかぎこちないところもあったものの、最終的には良いチームワークが生まれましたね。この時のチームメイトには感謝したいですね。
杓谷:スマートフォンのアプリには、アプリ内でブラウザが立ち上がってウェブサイトが表示される「ウェブアプリ」と、スマートフォンにインストールされたプログラムで動く「ネイティブアプリ」の2種類があります。AdMobはこの「ネイティブアプリ」に表示されるアドネットワークの先駆け的な存在ですね。
香村:ウェブアプリに関しては、アプリ内でブラウザが立ち上がるので、基本的な仕組みはパソコンと同じです。ウェブアプリにはGoogleのディスプレイアドネットワークの「AdSense」の技術を応用することができますが、ネイティブアプリに広告を配信する技術をGoogleは持っていなかったのでAdMobeを買収することになったのだと思います。
下の画像は、当時のモバイル広告の商品説明に使用していた資料です。アプリ向けの広告に関してはAdMobの技術がベースになっていました。


出典:Web担当者Forum「グーグルが解説する「スマートフォン広告入門 2013年版」、広告主が理解すべき現状と可能性」(2013年8月23日付け)
スマートフォンのアプリに配信する広告はGoogle全体としても初めてなわけなので、菅野圭介さんと一緒に様々な試行錯誤をしました。さながらスタートアップのような環境でしたね。
佐藤:ここからは菅野さんにも加わっていただこうと思います。彼はGoogleの後にスマートフォンに特化した動画広告サービスFIVEを創業してLINEに売却した経験をしています。
菅野:はじめまして、現在goooodsのCEOを務めております菅野圭介と申します。2008年にGoogleの広告営業職の新卒一期生として佐藤さんに採用いただきGoogleに入社しました。大手広告代理店向けの営業を経験した後、2010年に香村さん率いるモバイルチームに異動しました。
広告は可処分時間の奪い合いになると予想した学生時代
佐藤:彼は学生時代に電通の学生広告論文で銀賞を受賞していました。まだ世間的にGoogleが十分に認知されていない時期に、広告という観点でGoogleを捉え、広告の賞を受賞していることに感銘を受けましたね。こうした学生がGoogleを受けに来るようになったのかと感慨深いものがありました。
菅野:論文は、大学の広告研究会やマーケティング関連のゼミが研究成果として応募するものでしたが、ひょんなことからその論文のことを知り、半分賞金目当てで友達と応募しました。ただ、「この先広告の未来ってどうなっていくんだろう?」ということを突き詰めて考えるのが楽しくて結構はまってしまいました。その時考えていたことは、可処分時間の奪い合いになるだろうということでした。インターネットの普及によって飛躍的に増大していく情報の量に対して、1日は24時間しかありません。人間が受け取ることができる情報は限られています。そのため、企業が発信する広告が生き残るには、他のあらゆるコンテンツと時間の奪い合いになっていくだろう、ということを書いていたと思います。
私がGoogleで働いてみたいと思ったきっかけはGmailでした。Gmailは、2004年4月1日のエイプリルフールに招待制でサービスを開始しましたが、2006年頃に一般公開されて日本でも徐々にユーザーが増えていき、私も利用し始めました。メールの内容を解析して内容に合った広告が出るという発想と技術に大きな衝撃を受けました。今までの広告の在り方と発想が大きく違ったので、「とんでもない広告技術を持った会社があるな」と思ったのが私がGoogleから受けた最初の衝撃でした。

初期のGmailのユーザーインターフェイス。メールの右側の空白部分に広告が表示された。
出典:Internet Watch「第7回:「Web 2.0」を理解するための、たった2つのポイント」(2006年3月付け)
モバイルウェブとモバイルアプリのどちらに投資をすべきか
菅野:話をスマートフォンに戻すと、当時は今のように、PC、スマートフォン、タブレットなど、あらゆるデバイスの画面サイズに合わせてウェブサイトのレイアウトやデザインが自動的に最適化される「レスポンシブデザイン」がなかったんです。ウェブサイトはPCで見るものだったので、PC用のレイアウトにしか対応していませんでした。
先程、モバイルウェブとモバイルアプリのお話をされていましたが、企業としてはスマートフォン用のウェブサイトの開発に投資をするべきか、モバイルアプリの開発に投資をするべきか迷っていましたね。当時日本では「GoMo」(発音はゴーモー。Go Mobileの略)という名前のキャンペーンを行って、スマートフォン用にウェブサイトや広告のランディングページを最適化しようという働きかけを行っていました。
香村:当時、ユーザーがスマートフォンのアプリにインストールしているアプリの数の平均が約20個ほどでした。一度アプリをインストールしたユーザーがそのアプリを利用し続けるのは約40%ほどと言われていたので、AdMobの広告を使ってユーザーをつなぎとめましょう、といったことをよく言ってたと思います。「Think Mobile」という広告主、広告代理店向けのイベントを開催して啓蒙活動を進めました。「Think Mobile」のイベントは、その後「Think with Google」という名前のイベントに発展し、現在でも広告主、広告代理店向けのイベントとして継続しています。

Blue Note Tokyoで開催された「Think Mobile」で登壇する香村さん
菅野:当時GoogleのCEOだったエリック・シュミットが来日した際に「3つ大事なことがある。モバイル、モバイル、そしてモバイルだ」と言ってたことをよく覚えていますね。また、彼が「モバイルファースト」という言葉を使ったので、それを真似して私達も「モバイルファースト」という言葉を使うようにしたと思います。
当時の香村さんのプレゼンテーションは数カ月に1回ぐらいのタイミングでどんどん変わっていったことをよく覚えています。最初に必ずスマートフォンの「ペネトレーション」(浸透率、普及率)の数値から紹介するのですが、すごくきれいに上昇カーブを描いていました。
香村:確かに僕はイベントで最初に「スマートフォンを使ってる人、手を挙げてください」と言ってたのですが、2010年頃は「やっぱり今日は広告業界の人が多いので(一般の人よりも)結構使ってますね」と言ったぐらいなので、当時はまだまだ普及率が低かったですね。
ウェブに比べて広告の効果の計測が難しいモバイルアプリ
菅野:当時はアプリでの計測手法が確立されていなかったので、広告の効果を計測するのが難しかったですね。ウェブの場合はコンバージョン単価や広告経由の売上をウェブサイトに埋め込んだJavaScrpitのタグで計測できるのですが、アプリの場合はインストールまでしか測れませんでした。それもAdMobのアナリティクス機能でようやくできるといった程度でした。あとは、CyberZさんが提供していた「F.O.X.」(Force Operation Xの略。2019年にAdjustに事業譲渡)という広告効果測定・分析ツールぐらいでした。
今のようにAppsFlyer、Adjust、Firebaseのような高度な計測、分析を行えるツールがまだなかったんです。Google Playのインストール数と計測ツールでのインストール数が合わない、なんてことも頻繁に発生していました。
第48話に続きます。