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インターネット広告創世記

第48話:YouTube「TrueView広告」と「FIVE」から読み解くスマートフォン時代の動画広告

杓谷技研というマーケティング支援会社の代表を務めております杓谷 匠(しゃくや たくみ)と申します。この記事では、アタラ株式会社会長の佐藤康夫さんのご協力のもと、2024年9月5日(木)に連載を開始した「インターネット広告創世記 ~Googleが与えたインパクトから発展史を読み解く〜」の第48話をお届けします。なお、本連載は、株式会社インプレスが運営するWeb担当者Forumでも同時に公開しています。

前回の記事はこちらです。

杓谷:前回のお話では、モバイル広告が携帯電話からスマートフォンに移っていった過程を香村竜一郎さんと菅野圭介さんに伺いました。アプリ向けの広告ネットワーク「AdMob」も登場し、AdWords(現Google広告)から出稿できるインターネット広告の種類も随分と増えてきましたね。

佐藤:スマートフォンが普及するにしたがって、徐々にユーザーのインターネットの利用状況にも変化が訪れました。特に動画の視聴環境はSNSの普及と合わせて大きく変化しました。スマートフォンによる動画広告の変化について、前回に続いて菅野さんに聞くとよいと思います。

海賊版サイトのイメージから脱却し始めたYouTube

菅野:2012年頃にモバイルチームがAdWordsの営業組織に統合された後、次は動画広告をやりたいと思い、YouTubeのマーケティングチームに移籍しました。

当時のYouTubeのチャレンジとしては、広告を安心して配信できる動画そのものを増やしていく必要がありました。コンテンツパートナーを開拓したり、著作権者が違法にアップロードされた動画を削除するか収益化するかを選べるようにしたり、著作権者によるコンテンツの管理の仕組みがようやく整い始め、ようやく海賊版サイトというイメージから脱却しはじめました。

その後、2014年に「好きなことで生きていく」CMキャンペーンが始まり、それまで「クリエイター」と呼んでいた動画製作者を「ユーチューバー」(「YouTuber」)と呼ぶようになり、一般的に認知されるようになりました。このキャンペーン以降、YouTuberを起用したタイアップ広告などが増え始め、YouTubeは企業のマーケティング活動に欠かせないチャンネルの一つとして認められ始めました。

「好きなことで、生きていく」キャンペーンで使用されたHIKAKINさんの動画

好きなことで、生きていく – HIKAKIN – YouTube [ Long ver. ]

YouTubeの「TrueView広告」が日本でサービスを開始

菅野:YouTubeのマーケティングチームでは、当時始まったばかりの「TrueView広告」を担当することになりました。「TrueView広告」は今の「YouTube インストリーム広告」につながる広告商品で、YouTubeの動画の間に広告動画を表示させる広告商品でした。TrueView広告は、米国では2008年に試験的にサービスを開始していましたが、日本で試験的な導入が始まったのは2011年のことで、本格的にサービスが開始されたのは2012年でした。

下の図は、TrueView広告の説明資料です。

「TrueView」広告の種類出典:Internet Watch:「YouTube“押しつけない”動画広告、「TrueView」が好調な理由」(2012年2月9日付け)

これまで、YouTubeの運用型広告は「TrueView – in-search」のような動画の検索連動型広告のような広告商品しかなく、動画の中に動画広告を表示させるインストリーム広告はありませんでした。この「TrueView広告」の登場を皮切りに、今日我々が目にするようなYouTubeの動画広告が始まりました。

先程の著作権の問題に加え、Googleと言えども動画サービスはインフラコストが高かったわけですが、サーバーや海底ケーブルの増設など、インフラ環境が整ってきたことも、このタイミングでのサービス開始に影響していたと思います。

「TrueView – in-stream」広告の課金体系は「Cost Per View」と呼ばれる方式で、下記のいずれかの条件が発生した時に課金が発生します。

  • 30秒以上の長尺動画の場合:ユーザーが広告を30秒以上視聴した場合
  • 30秒以下の短尺動画の場合: ユーザーが最後まで視聴した場合
  • エンゲージメント: ユーザーが広告の行動を促すフレーズ(CTA)をクリックするなど何らかの操作(エンゲージメント)を行った場合

当時の平均CPVはおよそ数円〜数十円だったので、テレビCMを出稿しない中小企業の広告主にも手の届きやすいGoogleらしい値付けでした。

動画の視聴回数は多いのに、視聴完了数が低いスマートフォン

菅野:実は、私がYouTube広告のマーケティングチームに異動した時にはすでにスマートフォンからのYouTubeの視聴数がデスクトップを上回ってました。しかし、TrueView広告の課金に関わる動画の視聴完了数はデスクトップPCとスマートフォンで比較すると、スマートフォンは約半分しかなく、収益化が進んでいないことがデータとしてわかってきました。

このデータを見て、スマートフォンにはスマートフォンに適した動画コンテンツの見せ方やターゲティングの方法があるのではないかと考えるようになり、学生時代に研究していた可処分時間の奪い合いという観点を思い出し、時間という観点からTrueView広告を捉え直してみることにしました。

スマートフォンは「高頻度」「短時間アクセス」

菅野:検索連動型広告やバナー広告を時間軸で捉えると、クリックという「点」の世界です。しかし、動画はある一定の時間見てもらうことを前提とした「線」の世界です。そして、動画の作り手がこの「線」(いわゆる尺)の長さを決めています。動画はユーザーに作り手の時間軸に付き合ってもらわないと意味が伝わらないユーザーへの負荷が高いフォーマットだと考えました。

そこで、スマートフォンにおけるユーザーのインターネットの利用状況を調査してみると、「高頻度」「短時間アクセス」という傾向が見えてきました。スマートフォンでは、1回あたりのインターネットを利用する時間が短く、平均利用時間はデスクトップPCの約3分の1でした。

スマートフォンでは、駅で電車を待っている1分の間にインターネットへアクセスをすることがあるわけですが、その1分間という限られた時間の中で動画広告を視聴する時間がどのくらいあるだろうかと考えました。1分間のセッションで30秒、つまりインターネットの利用時間の50%を動画広告が占めるかと考えると疑問符が出てきました。5秒や6秒などの短尺の動画がスマートフォンには必要だったんです。

当時はインターネット用に動画広告を作るという商習慣がなく、テレビCMの15秒や30秒の動画を流用するケースが多かったので、5、6秒の短尺の動画がほとんどありませんでした。そこで、「Made for web」という言葉をスローガンにインターネット用の動画を作ってもらうことを広告主や広告代理店にお願いしていましたね。
杓谷:今のYouTubeの「ショート動画」はこうしたスマートフォンの特性に基づいて設計されていますね。「ショート動画」でユーザーを惹きつけてチャンネル登録をしてもらい、長尺の動画を見てもらうという考え方になっています。

5秒動画広告プラットフォームFIVEの創業

菅野:テレビCMの歴史を調べてみると、以前民法で5秒のテレビCMが放映されていた時期があったようです。実際に見てみると、5秒でしっかり成立しているように見受けられました。ただ、1本15秒で売れるのであれば制作コストや営業コストが下がるので、現在のような15秒、30秒というフォーマットに収斂していったようです。

であれば、スマートフォンの利用環境に即した5秒の動画広告がこれから普及してくだろうと考え、2014年にGoogleを退職し、5秒でメッセージを伝えられる動画広告プラットフォームを作るFIVEという会社を設立しました。会社名のFIVEは動画広告の長さが5秒であることにちなんでいます。

FIVEを経営していた2018年の菅野さん(筆者撮影)

FIVEを経営していた2018年の菅野さん(筆者撮影)

当時はTwitter(現X)に買収されたVINE(2016年サービス終了)という6秒動画プラットフォームが登場したり、MixChannelにも10秒動画のコミュニティがあったりして、短尺動画が流行ったのですが、FIVEもその流れに乗って成長することができました。

2012〜2013年頃から、スマートフォンではFacebookのタイムラインに代表されるような無限スクロール形式のユーザーインターフェースが広まり始め、親指でスクロールしてウェブサイトのコンテンツを見ることが一般的になりました。私は「指先ハック」(「指先をハッキングする」の略)と呼んでいたのですが、動画広告を見てもらうためにサムネイルや動画の冒頭を意識したりするようになりました。

こうした背景もあり、2017年12月にLINEがFIVEを買収しました。FIVEは現在LINEの広告プラットフォームの一部になっていて、LINE広告ネットワークというサービスブランドでアプリ経済の一翼を担っています。

YouTubeのCEOにスーザン・ウォジスキが就任

杓谷:私は菅野さんと入れ違いに2014年にGoogleに出戻りしたのですが、ちょうど同じ時期の2014年2月にYouTubeのCEOが、AdWordsの生みの親であるサラー・カマンガーからスーザン・ウォジスキ(Susan Wojcicki)に交代しました。個人的には、現在我々が目にするYouTubeの動画広告の基礎を築いたのは彼女のリーダーシップによるものだったと捉えています。

YouTubeのCEOを務めたスーザン・ウォジスキ

出典:Susan Wojcicki (29393944130) (cropped).jpg is under CC BY 2.0

佐藤:彼女はGoogleが創業する際に、創業者のラリー・ペイジとサーゲイ・ブリンにガレージを貸した人物としても知られ、Googleの中でも最も社歴の長い人物の一人です。第35話でご紹介したGoogle Videoを担当していた際に、YouTubeの買収を提案したと言われています。彼女は買収したダブルクリックを含む広告プロダクトを統括するVice Presidentだったので、「Susan- Norioミーティング」(「Norio」は当時の日本法人代表の村上憲郎さんのお名前)という名前の日本市場の底上げの協議を同じチームにいた杉原剛さんも含めて定期的に行っていました。2024年8月に肺がんで56歳という若さで亡くなってしまったことが本当に悔やまれます。

Googleの公式動画で創業時のガレージをスーザン・ウォジスキが再訪している様子

Explore Google’s original garage with Street View

TrueView広告のハックが生み出した「バンパー広告」

杓谷:Googleは6秒のスキップ不可能な動画広告のフォーマット「バンパー広告」を2016年に開始しました。実は短尺動画の広告プラットフォームはFIVEのほうがGoogleよりも早かったんです。

Google広告のヘルプページにあるバンパー広告の紹介

出典:Google広告ヘルプ「動画広告フォーマットの概要」

TrueView広告は動画広告が5秒再生されるとスキップボタンが表示されますが、海外でこのスキップボタンが表示される前に動画の視聴が完了する5秒の動画広告を作るという動きが2015年前後に自然発生的に広がっていました。広告代理店には、広告主から預かった予算を使い切らなければいけないという力学が働きますが、30秒以下の動画は視聴が完了しないと課金されません。だとするならば、スキップボタンが表示される5秒で視聴完了する動画を作ってしまえということで、こうした動画が増えていきました。始まった経緯としては多分にビジネス的な思惑もあったと思います。

しかしながら、Googleの「品質スコア」(現「広告の品質」)は、視聴が完了した動画はユーザーにとって良い動画だと判断するので、5秒の動画は品質スコアが上がって視聴単価が安くなります。1回の視聴完了あたりの単価が数円単位になることも珍しくなく、品質スコアが高いだけに広告ランクが高くなり、より多くの動画に広告が表示されやすくなります。テレビCM等に比べて安価にユーザーにリーチすることができたため、結果的に広告主に喜ばれました。

「バンパー広告」がスタートした背景のひとつには、こうしたTrueView広告のハックとも言えるような使い方の影響があったと思います。当時は動画広告のあり方をまだまだ模索している段階でした。

第49話に続きます。

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杓谷 匠

株式会社杓谷技術研究所 代表取締役。2008年に営業職の新卒一期生としてグーグル株式会社(現グーグル合同会社)に入社。以降、広告主、代理店、広告プラットフォームなど様々な立場で15年以上Google広告の営業、運用、コンサルティング業務に携わる。2019年にGoogleからの紹介を受け、Google Marketing Platform の大手リセラーとして知られる英国の広告代理店Jellyfishの日本法人立ち上げに参画した後、2023年より現職。『いちばんやさしい"はじめての"Google広告の教本』の著者の一人。

  1. 第54話(最終話):AIという前例なき時代に必要なのは「教育」ではなく「学び」である

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