黎明期を知る人が少ないインターネット広告業界
日本において、インターネット広告市場が本格的に登場したのは、1996年にYahoo! JAPANの親会社のソフトバンクと電通のによる合弁会社として設立されたCyber Communications Inc.(現CARTA HOLDINGS)社がはじまりと言われています。2002年には、Goto.comを前身とするOverture社とGoogle社が検索連動型広告を世の中に広めたことで運用型広告市場が爆発的に成長し、インターネット広告市場の成長を大きく牽引しました。その後、スマートフォンの登場やYouTubeの普及などに伴い成長は加速し、2021年に電通が発表した『日本の広告費』において、インターネット広告の市場規模がはじめてテレビ、新聞、ラジオ、雑誌などを含む「マスコミ4媒体」の市場規模を上回り、現在に至ります。
インターネット広告市場が急激に拡大するに従って、業界に従事する人の数も急速に増えていくことになりましたが、90年代の黎明期からインターネット広告に携わっている方の絶対数が少ないことから、なぜ現在の商習慣になっているのか成り立ちがよくわからないまま目の前の業務をこなしている方が増えてきたように感じています。
この文章を書いている私、杓谷 匠(しゃくや たくみ)がインターネット広告の世界に入ったのは2008年のことで、私自身が黎明期を直接経験しているわけではありませんが、幸運なことに黎明期を知る方たちから直接薫陶を受けてキャリアをスタートすることができました。偉大な諸先輩から教えていただいたことを記録に残し、次の世代にバトンを渡していくのは私の使命であると考え、本シリーズを企画しました。読者の方にとって有益な情報となるように努めて参りますので、温かい目で見守っていただければ幸いです。
『史記』の紀伝体を採用
1974年、20世紀最大の考古学的発掘として知られる秦始皇帝陵と兵馬俑が発掘されました。中国の前漢時代の歴史家の司馬遷が書いた『史記』では、始皇帝の遺体安置場所近くに「水銀の川や海が作られた」という記述がありました。この記述は長い間、誇張された伝説と考えられていましたが、1981年に行われた調査によると、秦始皇帝陵の周囲から基準値を大幅に上回る水銀の蒸発が確認され、2000年以上の時を越えて司馬遷の記述が正しかったことが証明されました。水銀の川や海を作らせた始皇帝も凄いですが、その凄さも司馬遷が『史記』を残さなければ忘れ去られてしまっていたことでしょう。
記録を残すことの重要性を教えてくれた司馬遷の『史記』に敬意を表し、インターネット広告の歴史を邂逅する本シリーズを「インターネット広告史記」と題してプロジェクトを進め、『史記』の歴史の叙述方法で「紀伝体」をベースにインターネット広告の歴史を編纂していきたいと考えています。
『史記』は主に下記の5つのカテゴリに分かれており、このカテゴリ分けの仕方を「紀伝体」と呼びます。
本紀 | 帝王の記録で、主権者の交代を年代順に記したもの。 |
表 | 歴史事実を簡略化し、表で示したもの。 |
書 | 政治に関する特殊なテーマごとに、記事を整理したもの。 |
世家 | 諸侯の記録をその一族ごとに記したもの。 |
列伝 | 各分野に活躍した人物の行いを記したもの。 |
司馬遷は、この5つのカテゴリの中で、「列伝」に特に力を入れたと言われており、全130巻の中で70巻という最も多い文量を残しています。秦の始皇帝の時代を描いた漫画『キングダム』や横山光輝『項羽と劉邦』、中島敦の小説『李陵』などで登場人物が生き生きと描かれているのは、この「列伝」に依るところが大きいと考えられます。
本シリーズでは、この『史記』のカテゴリを踏襲し、下記の3つのカテゴリにまとめて編纂していこうと考えています。
本紀 | インターネット広告業界全体を俯瞰した通史 |
世家 | インターネット広告に大きな影響を及ぼした企業やサービスの歴史 |
列伝 | インターネット広告業界の各分野で活躍した個人の経歴に焦点をあてたもの |
社会情勢、人間関係、当事者の主観なども交えながら記述できるこの紀伝体を採用することで、インターネット広告の歴史を物語として読みやすく、読者にとって親しみやすいものになることを目指しています。本シリーズにぜひご期待ください。